『千日の瑠璃』450日目——私は雪だ。(丸山健二小説連載)

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私は雪だ。

山寺の鐘の残響と、利欲に目が眩んだ者たちの荒い息遣いを吸い取りながら、霏々として降る雪だ。やがて戸毎に欲望の色の明かりが点り、まほろ町の白くて柔らかい全形がぼうっと滲む。屹然たる峰々も私のせいで円味を帯び、どれもそのへんにある名もない山と見分けがつかなくなる。平淡な美しさ。

私は、夜泣きの癖がある山奥の寒村の子どもをなだめ、ふたりのあいだに割りこんできた悪女のことで声を荒げる夫婦を黙らせる。私は、高笑いが絶えない呑み屋街の雰囲気を次第に白けさせ、電話ボックスに閉じこもって棄てた男に作り声で嫌がらせをする女の心を空しくさせる。私は、生真面目な恋人にしなだれかかるうぶな生娘を一層幸福にさせ、点頭しながら老いた主の自慢話を聞いてやる雑色の犬に深い安らぎを与える。

私は、闇の底にじっと佇立する人影の心を和らげ、もはや時日がいくらも残っていないと思いこんですっかりしょげ返っている老いた貧者に、流転の意味を再確認させる。私は、動物園の檻のなかで頻りに哮る肉食動物のささくれた気持ちを鎮め、まほろ町以遠の地を、まほろ町に似通い過ぎているというだけの理由で、更に遠のける。そして私は、青を基調にした防寒服に身を固めて、ぶつぶつと何事か呟いたり、ごく控え目に口笛を吹き鳴らしたりして夜歩きをする少年に、この遊星の命を保つ水の大循環をはっきりと自覚させる。
(12・24・日)

丸山健二×ガジェット通信

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