『千日の瑠璃』442日目——私は鎖だ。(丸山健二小説連載)
私は鎖だ。
鳥のように種類の多い人々をまほろ町にしっかりと繋ぎとめている、眼には見えない、ときには見え過ぎることもある、鎖だ。私は、私を断ち切れるものなら断ち切ってみろと高言して憚らない。この地へ流れ着いて自活の道を立てることができた少数のよそ者たち、かれらとて錆びかけた私を何本も引きずっているのだ。かれらは熟眠して百事を忘れることはできても、私から逃れることはできない。
私はうたかた湖であり、私はあやまち川であり、私はうつせみ山であり、私は高燥の地であって、それらすべてを含む自然そのものである。おそらく私は、隣接した町村で暮らす者たちにも多少の影響を与えているだろう。覇気満々のかれらは私を礼讃し、あるいは私を厄介に思い、そして心神耗弱状態に陥ったときなどには、私に縋りついてすすり泣く。
かれらが旅先から出す手紙では、必ずといってもいいほど、それとなく、もしくは意識もしないで私に触れ、私を失うことを恐れている。ここを去るかとどまるかで悩み、胸を搔きむしるほど苦しむ者も、結局は私の意に従うしかないのだ。跡を晦まそうと鞄に荷物や希望を詰めこんでバスの運行表を見上げる者も、たちまち私に引き戻されてしまう。近頃では、あの少年世一が、私の一部になりつつある。きょう帰省したばかりの快活な学生は、世一の後ろ姿をひと目見ただけで、都会からずっとついてきた緊張を追い返すことに成功した。
(12・16・土)
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