『千日の瑠璃』432日目——私はカメムシだ。(丸山健二小説連載)
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私はカメムシだ。
少しでも暖かい場所で冬眠しようとうろついているうちに、歩き疲れて熟眠している少年の耳の穴へ潜りこんでしまった、緑がかった金色のカメムシだ。そこが人間の体とわかって、私は大急ぎで這い出ようとした。すると少年は突然眼を醒まし、がさごそと暴れ回る異物に堪り兼ね、けたたましい声を発した。その異様な声に驚いて、私は更に暴れた。少年はさかんに痛みを訴え、ころげ回った。急を告げる青い鳥の声で駆けつけた家族は、苦しみもがく彼をどう扱っていいのかわからず、しばし手を拱いていた。三人が三人とも原因を探ろうとしなかったのは、確信に充ちた共通の答を得ていたからだ。つまり、とうとうくるべきときがきたと思い、少年の病気が悪化して最終段階に入ったものと勝手に決めてしまったのだ。そうに違いなかった。
父親は落着き払って町立病院へ電話をかけ担当医を呼び出した。母親は暴れる息子の傍らに正座をし、眉ひとつ動かさないで成り行きを見守っていた。少年の姉の眼は窓の向うの、どこか遠くに注がれていた。私は穴の奥から外の様子を窺っていた。医師がいやに張り切ってやってきたのは、急患を救う使命感に燃えたからではなく、トライアルバイクの腕を試したかったからだ。彼はピンセットを使って私を引きずり出し、笑いながら鳥龍へ放りこんだ。けれども青い鳥は私を忌み嫌い、食べるどころか、攻撃さえも仕掛けてこなかった。
(12・6・水)
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