『千日の瑠璃』420日目——私は荒れ地だ。(丸山健二小説連載)

 

私は荒れ地だ。

ともかく耕されて蕎麦の種を蒔かれたにもかかわらず、結局不毛のままに晩秋を迎えた、荒れ地だ。しかし、徒労の答に臨んで自若としている老いた農夫は、今年もまた私に見切りをつけなかった。一日の平均実働時聞が軽く十三時間を超えているというのに骨休めをしたがらない彼は、厭味も言わず、舌打ちもしないで、私にこう言った。「来年もひとつ頑張ってみるか」と。また、こうも言った。「次は小豆にしてみるか」と。

私はただただ恐縮して押し黙っていた。雑草一本も育てられない私が秘めている毒性について、彼はもちろん承知していたし、それを除去する方法がないことも充分理解しているはずだった。わかっていながら彼は、毎年毎年私を農地として大真面目に相手にしていたのだ。正直なところ、私には彼の尽瘁が重荷だった。そして私は、今年になって彼の死を心から願っている自分に気がついた。

彼のような男は、私の片隅に敗残の身を横たえて息を引き取るべきだった。彼みたいな奴は、思い切りのよい妻に胸ぐらをつかまれて一喝されるべきだった。私にふさわしいのは、ときどき道に迷って飄々と私の上を横切って行く、諦めの早い、駄目なものは駄目とする、病気のために歩行が少し困難な、だが鳥の真似が巧い、あの少年だった。死ぬことを知らぬ頑丈な農夫の足音が遠のき、生きることしか知らぬ少年の足音が迫ってくる。
(11・24・金)

丸山健二×ガジェット通信

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