両角長彦『ある実験 一人選べと先生が言った』を一気読み!
マイケル・キートンが演じたときの「バットマン」がよかったと思うのだが、それはジャック・ニコルソンのジョーカーが好みだったからかもしれない。私もあんな風にわけのわからない実験をして暮らしたいという憧れがあるので。とはいえ、きれいな色の溶液ができたり薬品がコポコポいってたりするような科学的な実験は好きなのだが、心理的な実験には抵抗がある。「この4つの中であなたが食べたいものは何? → 実はあなたが恋愛で重視しているものがわかります」的な、心理テスト程度のものでもちょっと苦手だ。まして、「双子のひとりひとりを違った条件下で育てて、長期的にどのような成長の変化が現れるかを調査する」などという実験に至っては、恐怖すら感じる。その子らの人生を歪めてしまうかもしれない可能性と天秤にかけても行う価値のある実験なのか、それは。
本書で行われるのは、「ある実験」。20年前にS大社会学部中平幸雄心理学研究室で実施された、教授がピックアップした16人の中から1人を選ぶというものだ。「近いうちに地球規模の大変動がおきて、人類の半分が死ぬ」というデマが流れていた。16人のうちの1人を選ぶ役割を担うのは、S大4年生の5人。彼らは選ぶ側であると同時に、中平教授によって選ばれた側の人間でもあった。さて、20年も前の実験が取り沙汰されたのはなぜか。それは、中平が殺された事件がきっかけだった。現場となった自宅に、”実験内容の詳細を公表しなければ、中平の息子の郁雄の命も奪う”という趣旨の脅迫状が残されていたのである。
中心人物となってくるのは、実験の担い手となった5人の学生のうちの1人だった川津康輔。彼らの中でいち早く連絡がついた川津は、誘拐捜査に協力するために20年前の記憶を掘り起こしていく。彼が実験に関わることになったのは、中平が作成した実験参加者募集のビラを見て。4時間で1万円の謝礼に心を引かれたのはもちろんだが、地球最後の日に思い浮かべるであろうことについて800字で書くよう要求された課題が川津の心に火をつけた。川津は他の4年生たちが次々と内定を得ている時期に、まだ最終面接に進めることもできていなかった。自分には何もないという皮肉な気持ちが、川津の筆を進ませたのである。そのかいあって採用の運びとなったわけだが、いざ詳細を聞いてみるとその実験は参加者たちの神経を消耗させる内容だった。
当然のことながら、学生にもいろいろな考えを持つ者がいる。通常の授業であればディスカッションやディベートなどによって意見を戦わせるのは有意義なことだが、この実験においてはそれぞれがむき出しの感情を攻撃的にぶつけ合う局面が多く、いたずらに相手を刺激する状況が続いた。この実験が人道的に許されない内容だという理由で離脱する者、反対に人間は選別されるものだと主張する者、自分の優秀さをアピールすることに血道を上げる者。あのとき自分たちが行った実験にはどのような意味があったのか、20年の時を経て川津は推理を試みるが…。
ネタばらしになるので、ここから先はお読みになって確かめていただきたい。結論から言うと、冒頭でさんざん否定的なことを書いておきながら、まんまと一気読みさせられてしまったのだった(まあ、厳密にはこれが心理実験といえるのかどうかわからないのだが、5人の学生からすれば4時間でこれだけぎりぎりの状態に追い詰められるなど、精神面に大きく影響を及ぼすものだったと言わざるを得ないだろう)。基本的には大胆な設定で読者の興味を引くストーリーだが、最後の最後で思いがけぬ救いもあり、人間の心の意外な強さを思わされる一冊。
(松井ゆかり)
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