若き哲学者によるデビュー作! 「お金では買えないもの=贈与」の成り立ちや原理を紐解いた一冊
現在の世界を覆い尽くしている資本主義。その中で生きながら、私たちはなぜ「生きる意味」「人とのつながり」「仕事のやりがい」といった”お金では買えないもの”を求めてしまうのでしょうか?
そうした「お金では買えないもの」、およびその移動を「贈与」と呼び、その仕組みや原理を教えてくれるのが、新進気鋭の哲学者・近内悠太さんのデビュー作となる『世界は贈与でできている 資本主義の「すきま」を埋める倫理学』です。
豊富なエピソードを用いて、さまざまな角度から解説される近内さんの「贈与論」。その原理のひとつに「贈与は、受け取ることなく開始することはできない」(本書より)というものがあります。これを明らかにするための格好の題材として取り上げられているのが、アメリカの映画『ペイ・フォワード 可能の王国』です。
アルコール依存症の母と家庭内暴力を振るう父を持つ主人公のトレバー少年は、社会科の授業で「世界を変える方法を考え、それを実行してみよう」という課題を与えられます。そこで、自分が受けた善い行いを、その人に返すのではなく、別の3人にパスをするという「ペイ・フォワード運動」を思いつき実行。町中に「贈与のフロー」が広がっていく様子が描かれます。
しかし、最終的にトレバーは自らの命を落としてしまう結末に。これは「愛を知らずに育ったトレバーが自ら起点となって贈与を開始してしまったため」(本書より)だと近内さんは説明します。トレバーには「被贈与の負い目」がなく、贈与のフローを生み出す力が存在しないため、自身の命で力の空白を埋め合わせるしかなかったということ。つまり、この作品は「贈与の失敗の物語」だというのが近内さんの考えです。
これは、お金で買えないものである「贈与」が、市場における「金銭的交換」とはまったく異なる性質を持っていることがよくわかるエピソードと言えるかもしれません。
ほかにも本書には、
・贈与は、それが贈与だと知られてはいけない
・他者から贈与されることでしか、本当に大切なものを手にすることができない
・贈与は、受取人がこの世界に出現したときに、初めて贈与となる
など、さまざまな贈与の原理が出てきます。
こうして見ると、贈与はすべて「受け取ること」から始まることがわかります。これだと受取人の中には、「望んだわけでもないのに不当に受け取ってしまった」「私は誰にこれをつなげばいいのだろう?」と思い悩む人もいるかもしれません。親の愛情や勉強の意味、そもそもこの世に産み落とされた「命」自体がそうだとも言えそうです。
「自身が受け取った贈与の不当性をきちんと感じ、なおかつそれを届けるべき宛先をきちんと持つことができれば、その人は宛先から逆向きに、多くのものを受け取ることができる」(本書より)と書かれています。「贈与は与え合うのではなく、受け取り合うもの」と考えれば、贈与の仕組みをより理解しやすいかもしれません。
最初の問いかけに戻りますが、なぜ私たちは「仕事のやりがい」や「生きる意味」などを求めてしまうのか。それは、”交換に根差したもの”として考えているからではないでしょうか。そうではなく、「あくまでもメッセンジャーとしての自覚から始まる贈与の結果として、宛先から逆向きに『仕事のやりがい』や『生きる意味』が偶然返ってくる」(本書より)のだと近内さんは説いています。
新型コロナウイルスの流行により、仕事に対する価値観がこれまでとは変わった人、新たな時代に向けての気付きを得たいと思っている人も多いのではないでしょうか。現在の市場主義経済をちょっと別の方向からのぞいてみたい方にとって、本書はきっと有益な一冊になるに違いありません。
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