令和ロマン・髙比良くるま「プロになってからもズルはやめられなかった」 M-1頂点に達した男の漫才徹底考察
年末の風物詩ともなった『M-1グランプリ』(ABCテレビ・テレビ朝日系)。芸人がしのぎを削る漫才の頂上決戦で、不利とも言えるトップバッターから2023年に優勝を果たしたのが「令和ロマン」だ。
コンビ名の通り、令和の今もっとも輝く漫才コンビであると言える令和ロマンのブレーンの髙比良くるま氏。彼の初著書である『漫才過剰考察』(辰巳出版)は、日本のお笑い文化の中核とも言える「漫才」について、縦横無尽に考察を巡らせた一冊となっている。
同書が発売されたは、2024年11月8日。その1カ月半後の12月22日に放送された『M-1グランプリ2024』で、令和ロマンは史上初の2連覇を成し遂げた。そんな彼らの軌跡を辿ると、著者であるくるま氏は、慶応義塾大学のお笑いサークルで出会った松井ケムリ氏とコンビを結成。NSC東京校23期の首席となり、「NSC大ライブTOKYO 2018」で優勝。芸歴1年目でヨシモト∞ホールの最上位ファーストクラスメンバーに昇格した。
その後は前述の通りの大躍進を遂げている注目のコンビだが、くるま氏は同書の中でNSC時代の話をこう語っている。
「未経験者が多い中、経験者としての余裕を見せつけるためにスーツを新調して38マイクまでゆっくり歩いた。
初めてお笑いに戦略を持ち込んだ瞬間だった。
いい結果に繋がった。
プロになってからもズルはやめられなかった」(同書より)
くるま氏は自身が練った「戦略」を「ズル」と表現した。お笑いが好きで、得意の分析力で漫才に戦略を活かした実績を、お笑いの力のみを研鑽したわけではないと思い「ズル」と感じたのだ。「まだ何も完成していないのに、漫才師として足りないものが多いのに」と……。
しかし自身を実験台にしておこなってきた戦術、そして分析や考察を包み隠さず出すことが漫才への貢献になると、同書の執筆に至ったくるま氏。同書は『M-1グランプリ』と「寄席」に分けて分析がまとめられている。ひとことで「漫才」とはいえ両者には大きな違いがあり、くるま氏は『M-1グランプリ』の漫才を”競技化、スポーツ化されたもの”、寄席を”初心者講習”と形容している。
「芸人が笑うネタって過激で突飛なものが多い。それは『あるある』ならもう知っちゃってるからそれを裏切った『ないない』を求めてしまうから。
それがマヂラブさんのファンタジーな演技だったり、錦鯉さんのファンタジーな年齢だったり。
厳密にはミルクボーイさんがちょうど『あるある』から『ないない』に橋渡しをした気もする。『コーンフレーク』はまさに『あるある』の最高峰だもん。コーンフレークあるあるを最高級の砲台から発射しているイメージ」(同書より)
くるま氏は、休止期間を経て新生『M-1グランプリ』となった2015年以降は、2015~18年と2019~23年の2つに分けられると考えている。”芸人同士で技術を高め合う時代”と、”その技術に見慣れた観客との闘いの時代”。ボケの内容で考えると少しグラデーションがあるようだが、前者は「あるある」のお笑いで、後者は「ないない」のお笑いが求められていると考えている。
TikTokやYouTubeのお笑いが真っ直ぐな「あるある」を供給する一方、ネットにはいない突飛な存在である舞台上の芸人が「ないない」として刺さった時期だったという。今後も「あるある」と「ないない」のバランスは変化しそうだと語っており、これからもくるま氏の考察は続いていくようだ。
寄席の考察にも余念がない。本来「お笑い好きを笑わせる複雑な漫才」より先に「初見を笑わせるシンプルな漫才」を磨くべきな気がするが、現場ではM-1ブームにより複雑さを要求されるようになっているという。寄席での笑いに必要なのは、お客さんを徹底的に分析すること。年齢層や地域性によっても笑いのポイントは異なり、同書ではいわゆる「東西の笑いの違い」についても論究している。
「それまで関東では、自分たちのことを知らないお客さんが多いときは必ず、コンビ名と個人名を言うだけでなくて、ツカミとして学歴や運動歴などを絡めたボケを入れてから本ネタに入るようにしていた。
でも関西ではそこがウケず、(中略)多分『そんなんええから早よ漫才見せてや』って思わせちゃってた。漫才の見方は分かってるからこそ、ツカミが蛇足。甲子園での試合前に、野球ファン向けにわざわざ野球のルールを説明しているようなもんだった」(同書より)
お笑いの世界では、東西の客層に合わせて内容を変えるのは定石である。ツカミだけでなくフリの流れやスピード、言葉のパワーなども考える。さらにくるま氏は「南と北」についても分析。そして研究を楽しむかのように、「国外」についても「あえて漫才が未完成な場所を求めてみよう」と語る。
同書では『M-1グランプリ』で2018年に優勝した「霜降り明星」粗品氏とのロングインタビューも掲載されている。同書をきっかけにお笑いの奥深さを知ることで、漫才の新たな楽しみ方が見つかるかもしれない。
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