『千日の瑠璃』412日目——私は松茸だ。(丸山健二小説連載)

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私は松茸だ。

義手をつけた茸採りの名人の眼にもとまらず、このまま朽ちるしかないと諦めたきょう、ようやく見つけてもらえた松茸だ。いや、私のほうがその少年を見つけたのかもしれない。私などよりもはるかに珍しい、もしかすると希元素よりも貴重な存在かもしれない、七割の青、二割の白、一割の影で不自由な身を固めた少年を、この私が先に発見したのだ。

一見して病人とわかる少年は、入相の鐘の音に合せていちいちその粗末な体を震わせながら、事の本質を喝破しそうな眼をじっと私に注いだ。常に高望みを忘れない私は、彼に言った。「おまえのような者にこそ食べてもらいたいのだ」と。ところが少年は、私が何者なのかわかっていながら、炊き込みご飯にすればどれほどの価値になるのか百も承知で、なぜか手を出してこなかった。

少年は私のあまりの誇りの高さに恐れをなしたのかもしれなかった。私としては少年にそう言ってもらいたかった。しかし彼は何も言わなかった。異様な面体の自分には釣り合わない茸だから、とも言ってはくれなかった。私はつづけた。「おまえには少しも非を打つ点がない」などと空々しい世辞を言った。だが、何を言っても無駄だった。この世を見尽くして悲しみに打ち沈んでいるような姿の少年は、私から眼を逸すと、一条の清流に沿って山を下って行った。彼は見返りながら無器用に手を振り、私に向って残忍な笑声を浴びせた。
(11・16・木)

丸山健二×ガジェット通信

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