『千日の瑠璃』410日目——私は鈴だ。(丸山健二小説連載)

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私は鈴だ。

《三光鳥》の女将の耳たぶにとまって涼やかな音を立てて揺れる、ガラス製の鈴だ。彼女に私を譲ったのは、娼婦だった。娼婦は、もう何年も前の、むせ返るような暑い日に私を買って以来、一度もつけたことがなかった。私は彼女にはよく似合うはずだったが、しかし女将にはまったく似合わなかった。けれども女将は、そうは思っていないようだった。私の青が顔色を一層わるく見せてしまうことに、まるで気づいていなかった。

それどころか女将は、私のことを大いに気に入ってしまったのだ。そんな彼女に突然、まだ人の粗が見えず、地上に楽園を夢見ることができ、男気のある偉丈夫の出現を心待ちにしていた頃の、ときめくあの想いが甦った。すると彼女は、私に合いそうな色の服を簞笥から何着も引っ張り出し、若い自分には履くことができた高いヒールの靴を何足も出し、鏡の前であれこれ組合せ、ようやく決まると別に用事もないのに町へと出て行った。

そして彼女は、まほろ町で一番交通量の多い通りの端から端までを、三回も往復した。私が立てる青過ぎる音はクルマやバイクの排気音にかき消され、私の青は秋空の青と少年世一の青に抹殺されてしまった。それでも女将の気分は少しも害われず、失った何かをいくらかでも取り戻したような心持ちになれた彼女は、揚げたてのコロッケを手に、私と共に意気揚々と老けこむしかない塒へ帰った。
(11・14・火)

丸山健二×ガジェット通信

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