誰もが輝くバスケ小説〜藤岡陽子『跳べ、暁!』

誰もが輝くバスケ小説〜藤岡陽子『跳べ、暁!』

 バスケットボールって、ほんとうにハードなスポーツだというイメージがある。ほぼずーっと走りっぱなし、手も足も使う、ジャンプ力も要求される。未経験者からすると、こんなにいっぺんにいろんなことをしなければならないのが信じられない。しかも、チームワークまでが重要になってくるのだ。

 主人公の春野暁は中学2年生。5月という中途半端な時期に都心から郊外に引っ越してきたのは、長く闘病していたお母さんが亡くなり、それ以上がんばれなくなってしまったお父さんが会社を辞めたためだ。小学校の頃からミニバスをやってきた暁は、当然のごとく前の中学校でもバスケ部に入っていた。しかし、この学校には女バスがない。転校初日に話しかけてくれたクラスメイト・欣子以外とはほぼ誰とも会話のない状態が続いた暁は、部活をどうしたらよいか真剣に悩んでいた。

 その窮状を救ったのは、まず欣子。そして、ふたりが立ち上げた女バスに入りたいといってくれた部員たちだ。だがそれは、暁が彼女たちのことを真剣に考えて力になったことが大きいに違いない。そう、バスケだってひとりではできないのだから。

 この物語で柱となってくるのは、部活を中心とした中学生生活と、家族関係。大多数の中学2年生にとって、学校と家庭は生活の場として99.9%を占めるものといえよう。そのような状況で、学校でも家庭でも疎外感を覚えずにいられなかったとしたら? 転校早々クラスで権力を持つ女子の指示で無視されるようになった暁、中学受験に失敗して母親との折り合いが悪くなった欣子、陸上選手として期待されながらもコーチからのパワハラに苦しみ父親にも守ってもらえない薫、タンザニア人の母親とのふたり暮らしで学校にもほとんど通えていなかったリモ…。

 学校について言うなら、私自身もあまりうまく友人関係を築けてこなかった。だから、自分が若かった頃を思い出させる10代の子たちの物語を読むのはつらいところもある。でも、暁たちが打算抜きで相手を思いやって行動したり時には本音でぶつかったり純粋にバスケに打ち込んだりする様子には、心の底から感動した。家庭に関しても、子どもは往々にして保護者の都合に左右されがちで、自分の言いたいことを言えずにいることは多い。私は暁のお父さんに近い年齢で、大人には子どもに計り知れない事情があることもわかる。でも声を上げることが少しずつでも現状を変えていく力になることもあるのだと、暁たちに教えられた。それで結局大人の意向に従わなければならなくなったとしても、本音の話し合いというプロセスがあるとないでは納得度が違う。簡単でないことは重々承知しているが(暴力に訴える親も多いし)、子どもだからといってあきらめずにできるところから変化を呼び込んでいけたらいい。薫の場合は、父親とコーチという大人たちの無理解が立ちはだかっていた。どれほどきつかったことだろう。

 本書で印象的だったのは、誰にでも輝ける瞬間があるのだと実感できたこと。それは必ずしもいちばんになるとか試合で勝つといったわかりやすい成果と同義なのではなく、各人の持ち味を存分に出せたときにこそ訪れるものだと思った。あとからバスケを始めた薫がめきめき実力をつけていく様子に嫉妬を覚える暁も、運動が苦手で選手としての活躍は望めなかった欣子も、自分にできることをしっかりと行うことによって充実感を得ていた場面がいくつもあった。理想と現実のギャップに折り合いをつけるのがつらいときもあるけれど、自分の力を発揮できる喜びをかみしめてもらえたらいいなと思う。

 あと本書は、バスケの描写がすごくわかりやすいですよ! 特に300ページくらいからの試合のシーンは、涙なしには読めません。バスケットのことはよく知らないという読者のみなさんにも、臆せず手に取っていただきたいです。

(松井ゆかり)

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