空室化進む“賃貸アパート”でまちづくり?「モクチン企画」の取り組み
レトロな味わいのある木造賃貸アパートをはじめとする築古の賃貸物件には、老朽化が進み、空き家化が問題になるケースも増えてきている。そんななか、それらの価値を認め、「モクチンレシピ」という名で改修・リフォーム例をウェブサイトで公開することにより、日本の不動産・建築業界における“スクラップ&ビルド”一辺倒の流れに一石を投じている人物がいる。NPO法人モクチン企画の代表を務める、建築家の連 勇太朗(むらじ ゆうたろう)さんだ。賃貸アパートは今後どうなっていくのか? また、賃貸アパートを活用したまちづくりについても話を聞いた。
空室化問題救済のキーワードは「距離感」
NPO法人モクチン企画の事業は多岐に渡る。リフォーム例「モクチンレシピ」を通じて、賃貸物件の改修案を公開・提供しつつ、改修事業を手掛けることや「モクチンスクール」と銘打った空き家対策を目的としたデザイン学校の開校、「LIXIL」のような建築資材メーカーのリサーチや商品開発を請け負うこともあるという。築古の賃貸物件を切り口に、これからの縮小化社会に必要とされるさまざまなプロジェクトを展開している。
レシピ「広がり建具」は、襖を透過性のある木製建具に交換することで、部屋を広く明るくみせるアイデア。モクチンレシピは、会員になると図面や品番が書かれた「概要書」や「仕様書」がダウンロード可能に(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)
Before(写真提供/モクチン企画)
After。レシピ「広がり建具」を使用(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)
「私は一概に“木造賃貸アパートなどの古い物件を保存しよう”と言っているわけではありません」と話す連さん。モクチン企画の提供する会員プログラム/コミュニティである「メンバーズ会員」や「パートナーズ会員」に入っている物件オーナーや不動産屋さんとともに、「まちにおける価値」を総体的に考えた上で、それぞれの物件に合わせた対応をしているという。そのため必要に応じてて、建て替えを勧める場合もある。「適正なタイミングで住居の更新や循環が行われ、そのことでまちの魅力が生み出されていくようなサービスを提供すること」が、モクチン企画の存在価値と言ってもいいだろう。
蒲田にある木造賃貸物件にあるモクチン企画オフィスで取材に応じていただいたNPO法人モクチン企画代表の連勇太朗さん(筆者撮影)
木造建築(木造在来工法)に代表的される“築古”と呼ばれる賃貸アパートに対し、壁が薄くて騒音が心配、古い、夏暑く・冬寒い、といったデメリットをイメージに挙げる人も多い。一方でタワーマンションなどと違い、低階層の建物が多く、密集して建っているため、まちのなかで暮らしている感覚が味わえるといったことや、「木造の建物は、柱・梁の軸組構造でできているからこそ、自分たちで手を入れたり、改修が行いやすい」というメリットを連さんは挙げる。
逆にデメリットになっている部分は、防音性能や断熱性能を上げたり、耐震補強を加えるといったリフォームにより、「チューニングが可能」だと話す。そうすることで、住居のある街とのいい距離感が保てるのだという。この「距離感」こそ、都心部でも賃貸物件の空室率が上がっているといわれている現在、魅力的な賃貸物件を運用する際のキーワードになりそうだ。
築古賃貸アパートは新しいことを始めるのにぴったり
東京都内23区には、1960年~90年代に建てられた木造の民営アパートだけでも20万戸以上あると言われる。
「人口が増えている時代は、部屋をつくれば入居者が決まるという方程式が成り立っていました。しかし今はそれが全然効かなくなっています。物件オーナーや不動産会社が、単に部屋をつくるということ以上に、『物件にどういった価値をつくっていけるか』を真剣に考えなくてはならない時代に突入しています」と連さんは言う。
「人口が減ることによる賃貸物件の供給過多において、これからはもっと『さまざまな用途に対応可能な空間や物件』を提供していく必要があると言えます。また住民は、そのアパートに住むだけでなく、その街に住むという総合的視点から住居を選択する。そう考えると、物件を管理する人は必然的に街に関する視点や、周囲にどんな人が住んでいるか、関わりを持つ不動産会社や物件オーナーがどんな人か、と言ったことが重要になってくると思います」(連さん)
築60年近い木造の戸建てを改修したモクチン企画の事務所(写真提供/モクチン企画)
木造建築は、壁や床を改造することが簡単にでき、見栄えを良くしたり補強がしやすい(写真提供/モクチン企画)
こうした築古のアパートやマンションは、借りる側の視点で考えると、ロケーションに関係なく「家賃が低め」という大きな魅力がある。「私たちのようなNPOや、スタートアップといった何か新しいことをはじめようと考えている人たちにもってこいの物件が結構たくさんあります」と連さん。実際、福祉系のNPOや、地域の貧困家庭向けに無料あるいは安価で食事を提供する「子ども食堂」、地域密着のローカルビジネスのための場として、雑居ビルに事務所を構えるより、地域の人との関係を構築できるチャンスがある木造アパートはさまざまな可能性を持っていると言う。
空室化を食い止める総合的な手段として
「モクチンレシピ」は、当初は木造アパート向けを想定してつくられたリフォーム例だった。だが現在では、住宅メーカーが大量生産した「軽量鉄骨」でできたアパートや、ワンルーム型のマンションでも、モクチンレシピは積極的に利用されるようになった。理由は、最小限の手数で最大の魅力を引き出す「コスパ」のよいリフォーム例であること。さらに部分別に紹介されているため、導入しやすいことからだ。こうした流れから「レシピの内容も、木造に拘らずに、ある程度汎用性があるアイデアを意識的につくっています」と連さんは話す。
モクチン企画は、連さんが提唱する「物件オーナーが建物や街の価値をつくる」という考えに賛同する人たちを「メンバーズ会員」と呼びコミュニティ化し、レシピを使ったリフォームの個別のコンサルティングや、問題や解決方法を積極的に共有することで、手ごろな投資による「空室化対策」のノウハウを学びあっている。実際に、リフォームを通じてこれまでとは違う入居者を募ることに成功してきた例が、サイト内には並ぶ。
例えば、モクチンが2017年に監修した、神奈川県横浜市青葉区にある「ピン!ひらはらばし」の物件は、築47年の木造賃貸アパート。2階建4戸の賃貸アパートはリフォームを手掛けた当時は空室だった。リフォーム後、物件数は3戸に減らしたものの、現在公表されている家賃は、1DK57.55平米の1部屋で9.3万円だ。(現在全戸入居済み)
同アパートにおいて、最も斬新なリフォーム箇所は共用部に採用された「くりぬき土間」レシピだ。居室と廊下に適度な距離をつくることにより、廊下側の壁の耐震補強のために窓をつぶしても、プライバシーを確保しながら開口部をつくることも可能だ。
実際、レシピ上でも掲載されている「くりぬき土間」の実例(左がリフォーム前、右がレシピを使ったリフォーム後)(写真提供(左)/モクチン企画、撮影(右)/kentahasegawa)
一方20数社と連携している「パートナーズ会員」と呼ばれる不動産会社とは、さらにエリア全体の街づくりに繋がるプロジェクトを通じて、木造アパートに限らず、賃貸物件全体の可能性を共に探っている状態だという。
神奈川県相模原市淵野辺にある入居者向け食堂の「トーコーキッチン」は、モクチン企画がデザインから協力したプロジェクトの一つ。不動産会社・東郊住宅社はモクチン企画のパートナーズ会員の古参だが、同社が管理する1600室の入居者が利用できる食堂をつくることで、「ここに住みたい!」、「この街に住みたい!」と思わせる物件提供を可能にした例として、広く知られている。
モクチン企画が参画したプロジェクト「トーコーキッチン」(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)
また、埼玉県戸田市で不動産会社の平和建設とともに手掛けているプロジェクト「トダピース」は、最新事例の一つだ。賃貸物件(木造に限らず)を通じて、空室対策を兼ねたまちづくりを目指すもので、モクチンレシピを取り入れて低価格でリノベをした物件に、個性を持たせた部屋を増やすことで人を集め、戸田市そのものの街の価値を高めることが目的だ。すでに戸田市内で、17戸の賃貸物件をリノベでリースしていることに加え、今年始めには、モクチン企画とともに、新築の木造アパート「はねとくも」を生み出した。「はねとくも」はアトリエ付きの賃貸アパートであり、そこで小商いや制作環境が生まれることで、住む人がまちの価値になっていくような循環を目指すと言う。
連さんとともにプロジェクトを進めるのは、トダピース/平和建設の河邉政明さん。アトリエ付き住居「はねとくも」は、まちにひらかれた賃貸物件だ(写真提供/モクチン企画、撮影/kentahasegawa)
連さんらの取り組みはトーコーキッチンに代表されるように賃貸物件そのものの価値向上だけでなく、まちの魅力や価値に影響を与えるようなアイデアにつながっている。モクチン企画への共感やプロジェクトは全国的に広がりを見せている。
“ニューノーマル”における賃貸物件の可能性
新型コロナ禍で、社会動向や情勢が刻一刻と変化しつつある今、賃貸物件全般に何か新たな変化は待ち受けているのだろうか。2020年6月5日、モクチン企画が主催した物件オーナーや不動産会社向けのオンラインイベントでは、「モクチン企画」の理事やメンバーである建築や不動産のエキスパートたちが顔をそろえ、ニューノーマルな時代の不動産賃貸について議論が交わされた。
その中では、リモートワークの推奨と増加により、共通認識としてこれまで分けて考えられてきた「働く場と寝る場」に変化が訪れ、いわゆる「ベッドタウン」と呼ばれている住宅地での生活時間が増えることによって、地域ごとの暮らしにあった「ビジネスニーズ」が出てくる兆しが見えたという。
さらに、自粛生活の影響で「孤独」を味わう人たちが増えるなか、「共同住宅を通じて得られる<ゆるいつながり(=ちょっと)>のニーズも出てくる可能性がある」と、アジアの住宅市場や暮らし方について研究しさまざまなプロジェクトを展開してきた土谷貞雄さんは話す。
一方ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を保つことが社会的共通認識となった中で、これまで東日本大震災以来のキーワードとなっていた「絆」から連想される「密な」距離感から、これからは少し距離を取らざるを得ない社会環境に置かれるだろう。それにより、他者の“存在”は感じつつも、それほど密接ではない「点在」という概念が、住環境を語る上でもキーワードになると、このパネルディスカッションは締め括られた。
6月5日のオンラインセミナーのパネリストの一人で、モクチン企画のメンバーである、「しぇあハウスよこはま」のオーナー、荒井聖輝さんが提案する3つのキーワード(撮影/筆者)
「今後は空室対策だけではなく、パートナーズ会員である不動産会社とともに、賃貸アパートの改修だけに限らず、まち自体を魅力的にするような仕掛けをつくれるような取り組みを積極的に増やしていきたい」と話す連さんたち。「ニューノーマル」の世界では、これまで空室化問題の筆頭になりそうな、駅から遠い、都会への距離が遠いといったロケーション的に不利な場所でも、リノベによるプレゼンテーション一つで価値が生まれ、入居者が絶えない物件が増えてくる可能性がある。
彼らの活動がさらに広まることで、借りる人それぞれの生き方の選択の幅がさらに広がることを楽しみにしたい。
●取材協力
モクチンレシピ
動画 元画像url https://suumo.jp/journal/wp/wp-content/uploads/2020/08/174425_main.jpg 住まいに関するコラムをもっと読む SUUMOジャーナル
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