文学界「ケンカ最強」は誰だ! 中上健次、梁石日などそうそうたる作家が挙げられる中、やはり1位は“あの人”しかいない!
作家というと「文弱の徒」というイメージを持たれがちですが、とんでもない、文壇も数々の強力なファイターを輩出してきたのです。今回は武闘派作家のランキングを試みたいと思います。
世代の異なる作家を並べることになりますが、それぞれの全盛期を比べたものとご理解ください。今回は、作家と縁の深い編集者に協力いただきました。すべての作家を見通せる編集者はいないと思うので、数人から話を聞いて、そのインパクトによってランキングを審査させてもらいました。
さて、以前はこういった話題になると、必ず名前が挙がったのが故・中上健次です。ただ、中上の全盛期のリアルファイトを知る編集者を捜し出せませんでした。
文芸誌編集者Aさんの話です。
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「うちで中上さんの晩年の作品を担当していた編集者もすでに退社しているので、僕なんかは当時のことをほとんど知らないんです。中上さんが、ご自身よりも40近く歳上の埴谷雄高さんに電話して『殺してやる』と言ったなんて話は聞いてますが、それじゃ武闘派の証明にはなりませんからね。中上さんの娘にあたる作家の中上紀さんが、ある座談会で、家では中上さんが奥様に手を上げることがあったと言われてましたが、生命力が溢れ返るる中上作品のように、体内の衝動を抑えきれないところがあったのかもしれません」
誰か中上の武勇伝を知る人はいないものでしょうか。今回は、路地から物語を立ち上げた暴力的作家の伝説に敬意を表して、暫定的ながら、
第5位 中上健次
としておきます。
『血と骨』などの凄まじい作品を書いた梁石日も、青春の一時期、喧嘩にのめり込む日々があったようです。大阪生野の地元では和田アキ子の父が開く「金海道場」で柔道を習い、詩を書く一方で少林寺拳法も体得していたとか。驚くことに、梁石日と中上健次はニアミスしていたようです。人文系出版社に務めていた編集者Bさんに聞きました。
「梁さんが『終りなき始まり』という作品をお書きになっていたときに教えてくれたんですが、あの小説はある実在する女性作家と梁さんとの恋愛が題材になっているそうです。その女性作家は中上さんとも親しかったらしく、交際期間の重なりもあったみたいなんです。梁さんは中上さんと、ゴールデン街とか、共通の知り合いの詩人のお葬式とかで、何度か会ったことがあるそうですが、『中上は、ワシのことをえらい気にしとったよ』と言ってました」
梁石日は中上健次の文学を批判していたそうですが、女性作家をめぐってのほんとの喧嘩もあり得たかもしれません。
梁石日の喧嘩話について、さらにBさんに聞いてみました。
「梁さんの兄貴分にあたるかたの話によると、若い頃、梁さんと一緒に飲みに行くと、女性をめぐる揉め事から、必ずと言っていいほど、他のお客さんやチンピラと喧嘩になったそうです。梁さんは20歳前後の頃に、生きていくために鉄屑を盗む『アパッチ族』になって警官隊と激しくやり合ったんですけど、国家権力と闘った根性は並大抵じゃないと思いますよ。あと、これは梁さんから聞いたんですが、ゴールデン街で、梁さんのお友達の悪口をしつこく繰り返す評論家を殴ったと言ってました。『言ってわからないやつには一発お見舞いしてやるのが早いわけよ』とおっしゃってましたが、いまの時代にはあり得ない考え方ですよね(笑)」
Bさんによると、生まれたばかりの梁石日が儒学者に名前を付けられる場面が『血と骨』にあるのですが、その儒学者とはあのカリスマと言われた名プロレスラーで今はYouTubeなどでも活躍中の前田日明の母方の祖父にあたる人らしいです。これは梁石日が前田日明から聞いた話とのことでした。
ちなみに、梁石日と中上紀は、昨年、『タクシーガール』という共著を発表しています。一触即発だった(?)梁石日と中上健次ですが、その娘にあたる作家と合作するとは不思議な運命ですね。ということで、背負った歴史に凄みを感じて、
第4位 梁石日
としたいと思います。
第5位と第4位は、2人の作家の人生の軌跡をからめた、妙に「文学的」な流れになってしまいました。
引き続き順位を発表する前に、本格的な格闘技経験を持つ作家、またプロの喧嘩師的な作家を紹介しておきたいと思います。
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彼らは武道を修めたがゆえに喧嘩にたやすく手を出さないか、逆にあまりにディープな修羅場をくぐり抜けているために、街場の喧嘩には収まらない面があるので、今回は「特別枠」とさせてもらいます。強いことは、間違いなく強いと思います。
今野敏は、肩書に「作家。武道家」と書かれることもあるように、空手を極めた人です。自ら「空手道今野塾」を主宰して弟子を指導、体験と体感を描写に活かした武侠小説も執筆しています。
「塀の中」に計8年間もいた故・安部譲二も、玄人稼業の時代に馳せた勇名からすると、かなりの武闘派だったと思います。安部譲二が『PLAYBOY』でマイク・タイソンにインタビューしたとき、顔つきからして2人はソウル・ブラザーという印象で、日米「路上の不良」が肝胆相照らす様子は、実に魅力的でした。
やはり故人ですが、梶原一騎の弟にして作家、極真空手の師範でもあった真樹日佐夫も武闘派作家として忘れられない存在です。その虚実かねそなえた武勇伝については、真樹日佐夫自身の著書『すてごろ懺悔』や、吉田豪によるインタビューをお読みください。
「突破者」こと宮崎学も、よく知られたように、かつて闇社会に身を置いた人です。作家になってからも、某政治グループから付け狙われたとき、「そこらへんの活動家なんて、10人束になってかかってきても素手で殴り倒せる」とうそぶいたとか。
では、第3位以降に戻りましょう。
時代小説を手がける編集者Cさんが、ある作家の名前を教えてくれました。
「10年ほど前に、文庫の時代小説を書きまくってた松本賢吾という作家がいて、この人は強いと思ったなあ。元警察官という変わり種で、講道館柔道3段。警察を辞めた後は、ずいぶん荒事の経験も重ねたようでした。私がちょっと茶化して、『松本さんは、喧嘩なら文壇随一ですね』と言うと、『どの作家にも負ける気はしないけど、花萬(花村萬月)だけは狂気を持ってるから、やりたくない』と言ってたのが説得力ありました」
なるほど、未知の作家ですが、これは本格的という感じがしますね。こういう作家がどんな時代小説を書くのか、興味が湧いてきます。ということで、
第3位 松本賢吾
そして松本賢吾が、その狂気を恐れたということで、
第2位 花村萬月
とします。
いよいよ第1位です。週刊誌の編集記者Dさんの意見です。
「なんと言っても、椎名誠さんだと思いますよ。学生時代から柔道とボクシングに打ち込み、それだけでなく、『喧嘩道』を極めている。まず鼻にパンチを入れるとか、腹に蹴りを入れるとか、両耳をつかんで鼻の下に頭突きをかますとか、棒はどう使うかとか、喧嘩に明け暮れた若い頃に、セオリーとスキルを確立させているんです。椎名さんの自伝的な小説の喧嘩シーンは、意外にも、すさみ切ったリアリズムがあります。もちろん、もう喧嘩はされませんが、いまでも毎日、腕立て、腹筋、スクワットを続けていて、筋金入りです」
力強い推薦です。
第1位 椎名誠
という結果になりました。あの大らかな椎名的世界の裏側に喧嘩道があったとは。
最後に、いまの若い世代の作家の喧嘩事情はどんな感じなのか、誰が強いのか、若手作家の作品を世に送り出してきた30代前半の文芸編集者Eさんに尋ねてみました。
「いないですね。というか、誰が喧嘩が強いかとかが話題になることなんてないです。コロナ以前から、ゴールデン街や文壇バーに行くことはあまりなかったし、カルチャーが違うんです。それを、文学から肉体感がなくなったことの現れとか言う人もいるんでしょうけど、僕はシーンがまったく変わったんだと思います」
そう言われると元も子もありませんが、喧嘩自慢なんて古い、というわけですね。若い作家の間では、すでに「新しい生活様式」が定着しているのかもしれません。<文中敬称略>(文◎編集部)
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