『千日の瑠璃』384日目——私は鵺だ。(丸山健二小説連載)

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私は鵺だ。

一般にはトラツグミではないかと思われており、山国の夜に興趣を添える幻の野鳥、鵺だ。私の姿をしかと見た者はまだなく、鳥類専門の学者ですら正体を知らない。無理からぬことだ。私自身もわかっていないのだから。夜に溶けこみ、闇に混じる私は、ほとんど無に等しい存在なのだ。従って私は、物事の理を弁えておらず、確とした返答もできない。

濛々と降り注ぐ陰雨がまほろ町の夜に持ちこまれ、発情した鹿が林野を駆け巡るのをやめ、沼沢地に棲む水禽が灰色の眠りに就く頃、私はひそかに山を下り、屍蠟と化したけものの傍らを通り、虚しいだけの湖を渡り、古い町並みの外れにある神社へと潜りこむ。そして、落雷や人々の不安によってねじ曲げられた杉の梢にとまり、弱者の耳染を打つ奇声を張りあげる。心耳を澄まして聴く者に、私はこう鳴いてやる。あらゆる努力は水泡に帰すと鳴き、驕らない者も久しからずと鳴き、すべての夢は潰えると鳴き、片田舎で朽ち果てる者どもめがと鳴き、暗黒の時代の再来を予言する。すると、男にしなだれかかっていた女の背筋を冷たい汗が流れ、家庭の幸福を第一義とする男の脇腹に鳥肌が立ち、底抜けのお人好しの眼が疑念の色に染まり、よく日焼けした乳臭い若者が今夜を境に突然老いてゆき、初めて胎動を感じた母親の喜びが不安へと変り、そして、少年世一に餌と水を保証されているオオルリですら震えあがってしまうのだ。
(10・19・木)

丸山健二×ガジェット通信

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