テイラー・アダムズの壮絶スリラー『パーキングエリア』

テイラー・アダムズの壮絶スリラー『パーキングエリア』

 地の果てで命のやりとりをする小説である。

 映像業界出身の作家、テイラー・アダムズの本邦初紹介作『パーキングエリア』(ハヤカワ・ミステリ文庫)は、ごく単純な構造ながら400ページ以上にわたって緊張感と興奮が持続する、スリラーのお手本のような小説だ。昔なら60分1本勝負の金網デスマッチと表現するところなのだが、21世紀の読者には、UFCのチャンピオンと一緒にオクタゴンの中に閉じ込められ、なんとか死なないように頑張って闘え、と命令されるようなものだ、と書いておこう。

 無理じゃん。

 クリスマスイブの前夜、コロラド大学ボールダー校に通うダービー・ソーンは、猛吹雪の中、山道を車で走っていた。末期の膵臓癌で入院中の母親が危ない状態になったとの連絡が入ったのだ。姉から届いたメールには「ママはいまのところオーケー」とだけ。なんとも不安にさせてくれる文面だ。しかも携帯電話のバッテリーが切れかかっている。

 吹き付ける雪のためにワイパーの片方が折れた。危険を感じたダービーはパーキングエリアを見つけて車を停める。そこには複数の男女が先客としていた。iPhoneの充電器を持っている者はおらず、建物のwi-fiも使い物にならない。外には奇跡的に電波を拾ってくれる場所があるかも、という助言を頼みにダービーは外に出てみたが、バッテリーを減らしてしまっただけだった。

 そして、彼女は見てしまう。

 自分のホンダの隣に駐車された灰色のバンの、後部座席に子供が閉じ込められているのを。

 見間違いかもしれないと考えたダービーは改めて中を覗き、檻の中に監禁された子供がいるのを今度はしっかりと確認する。

 今このパーキングエリアに誘拐犯がいるのだ。

 灰色のバンの持ち主は、イタチのような顔をしたラーズという男だった。他にいるのは、陽気な喋り方をする若い男のアシュリーと、いとこ同士だというエドとサンディ。電話で連絡をすることができないので、ダービーは他の三人の中から一人を選んで、ラーズを取り押さえ、車の中の子供を救おうとする。

 あらすじとして紹介できるのは以上である。この後でとんでもない事実が発覚し、ダービーはいきなり窮地に陥る。子供はジェイという七歳の少女であることが後にわかるのでその名で呼ぶが、彼女を救い出して助けを求められる人里まで行くという単純な行為が、吹雪によって孤絶した環境ではとんでもない大冒険になってしまう。弱い者を打ちのめす暴力の脅威が、初めはじわじわと、中盤からは全身をたちまちずぶ濡れにしてしまうスコールのような勢いを伴って、ダービーに襲いかかってくるのである。

 さまざまな暴力の恐怖が描かれるが、中でも痛そうなのがネイルガンだ。釘を打ち込む大工道具である。恐ろしい。そんな距離から当てることができるのか、法律で禁止したほうがいいのではないか、という勢いで釘が発射されるので、先端恐怖症の人は卒倒してしまうかもしれない。もう一つ恐ろしいのは、扉の蝶番である。指をうっかり挟んだら絶対に痛いやつ。物語の前半で、登場人物の一人が扉に手を挟まれた話をする。ものすごく生々しい。「見せた銃は必ず撃たなければならない」というスリラーの法則によれば、これは後半で誰かが指を挟まれる伏線だ。ああ、嫌だなあ、と思っていると案の定嫌なことが起こる。

 誘拐犯に対抗するのが、非力なダービーという女性である点がいい。ジェイを救うため、彼女は諦めない。どんなに絶望的な状況になっても、必ず少女だけは生きて帰す、という信念をもって、卑劣な犯人と闘い続けるのだ。カレン・ディオンヌ『沼の王の娘』(ハーパーBOOKS)などに代表される、女性対暴力の小説が昨年から多数紹介されているが、これも同じ系譜に連なる作品といっていいだろう。犯人は彼女に言う。

「人間がどんなにがんばったところで、モンスターはやりたいようにやる」「わかるだろ、モンスターは戦い、摩天楼を押しつぶし、橋を叩き壊すけれど、人間はわきによけるしかない。でないと踏みつぶされてしまう」

 いやいや、そんなことはない。人間は闘うぞ、ヤシオリ作戦を見ろ、ということである。嫌なことばかり起きる小説だが読後感がいいのは、ダービーを通じて人間の勇気が表現されているからだ。力で人の心をねじ伏せることはできないということが書かれているからだ。

 単純な構成と最初に書いたが、にもかかわらず長丁場を読まされてしまう。アイデア量が半端ではなく、全篇これ伏線の塊というような書かれ方をしているからだ。感心した箇所がいくつかあったが、中でも印象に残ったのはダービーの趣味である。なんと、墓の拓本を取ることなのだ。おお、渋い。そして、それがちゃんと伏線として使われるとは。たぶん私が初めて読んだ、拓本スリラーである。その表現はどうかと思うが、でもそうなのだ。

(杉江松恋)

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