三体人の圧倒的有利に抗うため地球側が仕掛ける面壁計画
いよいよ三体人の地球侵攻がはじまった。
身体構造的に虚偽や隠蔽ができず、そもそもその概念すら持ちえない三対人にとって、地球人はおぞましい蛇蝎なのだ。滅ぼすべし!
すでに、意思をそなえた超次元的素粒子「智子(ソフォン)」が尖兵として地球に到達し、地球人のうちで三体文明に帰依する者たちと連絡を取っている。智子自体には大きな攻撃力がないため差し迫った脅威ではないものの、次のふたつの点で人類に圧倒的な影響を及ぼす。
(1)高エネルギー実験への干渉。地球の科学技術の発展の障壁となる。
(2)量子ネットワークによる地球の監視。人類の三体対策が相手に筒抜けになる。
人類はこうした枷を嵌められて、三体軍勢襲来に備えねばならないのだ。本隊が太陽系に到着するまで、あと四百年。
来たるべき決戦に向け、各国が駆け引きをしながら迎撃態勢を構築しはじめる。人類はけっして一枚板ではない。三体人の圧倒的な軍事力に怯み、宇宙船を仕立てて大規模な脱出をおこなうべきだと主張するひとびともいた。逃走派と呼ばれる彼らは、この計画に必要な資金調達のためにファンドを立ちあげる。
このように、異星人との全面戦争という大状況(SFとしてはきわめてオールドファッションな)を打ちだしながら、派手に危機感を盛りあげるだけではなく、政治的・経済的・社会的なディテールを克明に描くところが、この作品の持ち味だ。小松左京を思わせる旺盛な情報量と構成力だが、卑俗な事情にも臆さず入りこむところがより逞しい。たとえば、物語序盤で、地球脱出ファンドはその目的が達成されずとも「買い」だという議論がされる。金融商品としての人気があって儲かるのだ。
逃走派の計画はひとたびは潰えるのだが、物語後半で思わぬかたちで再浮上する。こういう伏線の張りかたも、さすが劉慈欣、堂々たるものだ。
智子の完璧な監視をくぐり抜けるため、地球側が考案したのが「面壁者」である。
作戦計画をすべて自分の頭のなかで練りあげる担当者を四人選び、彼らに権限を委ねるのだ。面壁者同士は独立しており、相談せず別々に計画を進める。必要となるリソースは莫大だが、人類が生き残るためには仕方がない。
面壁者が立てた計画は、「蚊群編成計画」「水星連鎖反応計画」「精神アップグレード計画」など。その名称だけでも奇想天外さが伝わってくると思うが、実際はもっと凄い。ここで要約しまうと興ざめなので、実際に読んで確かめてください。
ただし、面壁者が口にすることが、実際の計画という保証はない。あるいは、智子の裏をかくためのブラフかもしれない。もちろん、味方の誰にも面壁者の本心はわからない。そして、面壁計画の連続性を保証するため、面壁者は人工睡眠によって時を超え、四百年後の三体人との決戦に立ちあうのだ。その孤独と重責。
面壁者に選ばれた四人の行動と葛藤。それとは別に宇宙軍を創設して進められる主力防衛計画の動き。そして四百年のうちに、地球でおこる文化、技術、生活面での変化。これらすべての展開を、よくも書ききったものだ。邦訳は上下巻合わせて六百ページを超えるボリュームだが、ぎっしり物語が詰めこまれている。
(牧眞司)
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