『千日の瑠璃』369日目——私は取り立てだ。(丸山健二小説連載)
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私は取り立てだ。
まほろ町の片隅でひっそりと興行をつづけているうらぶれたサーカス団への、《ショバ代》の取り立てだ。団員たちは息をつく間もないほど忙しく、また、地回りの常套手段に馴れてしまっていたために、私を軽視した。そして、おんぼろの大型トレーラーを利用した事務所で、ピエロの扮装をしたまま電卓を叩いていた団長は、私の素性を百も承知していながら、なるべくこっちを見ないようにして、もう一度用向きをたずねた。
別にどうということもない玉乗りの芸をやんやと持て囃す観客の声がおさまる頃合いを見計らって、長身の青年は言った。「まだ挨拶をしてもらってないんだが」と。そう言って彼は、相手の坐っている椅子を半転させた。すると団長は、何気ない様子を保ったまま、慇懃な物腰で「その件ならもうすませてありますよ」と言い、金を払った組の名を告げ、そこの組長とは長年懇意にしてもらっていることをそれとなく仄めかした。青年は薄笑いを浮かべ、「ここではわしらに挨拶してもらわんと」と言い、たってとは言わないがと前置きし、無駄足を踏みたくないのだと言って、机の上にあった売り上げ金をわしづかみにし、それを上着のポケットに押しこんで、象の臭いがする方へと歩き出した。そして彼は、象の糞の上に腰をおろして口笛で鳥の声を真似ている少年に皺苦茶の紙幣を一枚与え、「笑える奴だなあ、おまえは」と言った。
(10・4・水)
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