『千日の瑠璃』368日目——私は庭園だ。(丸山健二小説連載)
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私は庭園だ。
うたかた湖の水を引いて小川を周流させている、旧家の豪奢な造りの庭園だ。美しい軒並みの一角を占めるその古い屋敷の住人は、代々私だけを誇りに生きてきた。確聞するところによれば、私に匹敵する庭は、まほろ町はおろか県内のどこにもないということだった。幹がひと抱えもある石楠花の古木ひとつとってもわかろうというものだ。
しかし、老いてよぼよぼになった庭師が梯子から落ちて死に、そのあと主が病に倒れ、娘夫婦が私よりももっと誇るに足る何かを求めて他郷に住まうようになり、縁故関係の者も近寄らなくなると、私は見向きもされなくなった。私は僅か二年で荒れ果てた。雑草が蔓延り、伸び放題の枝のせいで生け垣も大刈り込みもすでに形を成しておらず、八割方の葉がダニやうどんこ病にやられていた。
だが、小川の水だけはむかしのように清く、岩蔭には鱒がいた。私がまだ死んでいないという証拠がほかにもあった。きょう、見学者が訪れたのだ。その男がそっと門をくぐり、声も掛けないで邸内に入り、足音を忍ばせてやってきたのは、物を盗むためではなかった。私を見たくてやってきた彼は、「大したもんだ」と幾度も呟き、「惜しい」を連発しながら、鬘で蒸れた頭をぼりぼりと掻いた。そして彼は、骨身に応える辛さや、丘のてっぺんのような高いところで吸ったに違いない薄い空気を、私のなかへ吐き出して帰って行った。
(10・3・火)
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