『千日の瑠璃』362日目——私は残暑だ。(丸山健二小説連載)

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私は残暑だ。

いよいよ始まった秋の長雨の晴れ間をついてまほろ町を覆い、憩いのひとときを麻痺させる、残暑だ。特に真面目でも、特に不真面目でもない人々は、私に託けて午後からの仕事を怠けようと考える。かれらは依怙地になって反対することもないと思い直し、委曲を尽くしての説明を取りやめ、細論すればきりがない問題をいとも簡単に投げ出す。思いなしか、かれらはこのひと夏で痩せたみたいだ。

そして私は、うたかた湖周辺に散在する古くも新しくもない人家の屋根を焙り、黄金色に輝き始めた稲田の一枚一枚に喜びの薄い豊作を保証し、マスゲームの練習に励む戦争を知らない高校生をうんざりさせ、ひそかに民族精神の発現を期待する愚者たちに敗戦と決まった夏の日を想起させる。私は、秋の向うに何かしらの意義を見出そうとする風流なひと握りの老人たちの前に立ちはだかって未来を塞ぎ、二十一世紀の片影すら見えなくさせ、未だその驥足を展ばす機会が訪れないと嘆く者や、懶惰な日々のなかで好機を捉えようと焦る者に、まほろ町から出て行くことを思いとどまらせる。

あるいは、廃家のなかで琴を調べる、あまり顔を見せたがらない生娘の肌を芳しい汗と情念で覆ってやり、丘のてっぺんの家でさえずるオオルリの声をひどく空虚なものに変え、その傍らで熱風に喘ぐ少年の、成長をとめてしまったいびつな肉体を、青い鳥の夢で包む。
(9・27・水)

丸山健二×ガジェット通信

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