『千日の瑠璃』357日目——私はお返しだ。(丸山健二小説連載)

 

私はお返しだ。

不憫なわが子への過分な親切に対して、母親がなり代ってするお返しだ。私のことなど予想だにしていなかった老婆は、ただただ恐縮し、「暇つぶしに端切れを利用して作っただけですから、こんなことをされては」を繰り返し、また、「あの色があれほど似合う子もちょっといませんね」と心の底から誉めちぎり、どうしても私を受け取ろうとしなかった。とはいえ、すげない素振りなど一切見せなかったのだ。

ところが、母親は突然怒り出した。見ず知らずの者にあんなことをされて黙っているわけにはゆかないと言い張り、私を縁側にどんと置いた。それだけならまだしも、彼女はこうつづけた。同情の押し売りや安売りはやめてもらいたい、と言い、あの子をだしにしていい気分に浸るのは悪趣味だ、とまで言った。老婆はうろたえ、説明しようとしたが、言葉が出なかった。「うちだって食べる物を食べさせ、着せる物は着せているんですからね」と母親はつづけ、「あの子のことで誰にも借りなんか作りたくないんですよ」と言い、自分がどんな態度をとっているかわかりかけてくると、彼女は私を置いて帰って行った。

そのあと老婆は夕方までそこに坐って、私を眺めたり、夫の重苦しい咳に聞き入ったりしていた。そして、日が落ちて夫の咳がおさまると、私を抱えてようやく部屋へ戻った。彼女が私の包み紙を破ったのは、深夜だった。
(9・22・金)

丸山健二×ガジェット通信

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