『千日の瑠璃』345日目——私は白骨だ。(丸山健二小説連載)
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私は白骨だ。
生きたまままほろ町に棄てられ、人跡稀な山奥へ分け入る途中で転落して死んだ、馬の白骨だ。肉や内臓や血液や皮といった物は七色に輝く甲虫が寄ってたかって平らげ、残り物は星の数よりもはるかに多い細菌が分解して、もうひとつの宇宙を形成した。また、その魂はうつせみ山が拾いあげた。そして、雷雨が私を幾度も幾度も洗い、交錯する光と影が私を丹念に磨き、オオルリのさえずりが私を清め、遂には見事な標本と化した。
しかし、残念ながら人間の眼にとまることはなかった。たまたま通りかかった、精神と肉体のあいだに尋常ではない開きがある少年にしても、私には眼もくれないで行ってしまった。私はその少年を覚えていたが、彼のほうはすでに私のことを忘れていた。、さもなければ彼は、死を死としてふさわしく扱うことを知っていたのかもしれなかった。つまり、生きている者はもはや生きていない者に必要以上に接近してはならない、という自然界の鉄則に従ったまでのことかもしれなかった。それとも彼は、光と闇の境に生ずる色のように、生と死を区切る線上に身を置く者であり、そのいずれの側へも出入りが可能な、数少ない生き物のひとつなのかもしれなかった。
少年は山を下る際にも私の傍らを通った。けれども彼の眼界に入っているのは、生きている草木の緑と、生きている水の青と、生きている星の赤ばかりで、私の白ではなかった。
(9・10・日)
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