『千日の瑠璃』327日目——私は衰弱だ。(丸山健二小説連載)
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私は衰弱だ。
食あたりのせいで脱水症状に陥った少年世一の体を蝕み、心までも痛めつける、衰弱だ。下痢はひとまずおさまり、熱も平熱に近づきつつあり、食欲も元に戻りかけている。しかしそれでも私はしぶとくくらいつき、持病につけこんで、ここを先途と攻め立てる。そのとき、世一は突然オオルリのさえずりに合せて笑う。危険な笑いだ。ぎりぎりのところまで追い詰められた者がする、どす黒い笑いだ。
だが、家族はその笑いの意味を理解できない。かれらはすっかり回復したものと思いこんで病人に注意を払わなくなり、ふたたびそれぞれの単調で繁忙な日常へと帰って行く。そして当の世一はというと、幸福に思えなくもないオオルリの日々へと戻ってゆく。世一は生温かいジュースをちびちび飲みながら、青い鳥を相手に雑談に耽り、畳に腹這って午前中をだらだらと過す。
ところが午後になると急に光と風が恋しくなり、「まだ早い」と鳴いてとめるオオルリを無視して、夏のただ中へと出て行く。すかさず私は世一の足をもつれさせ、めまいを引き起こしてやる。丘のてっぺんで頽れた世一は、まだ私の仕打ちに気がつかず、立ちあがっては倒れ、倒れては立ちあがるといったことを五回も繰り返し、六回目に挑んで失敗し、夏草の上にどっと突っ伏してしまう。息遣いの乱れた世一の視野をゆっくり通過して行く荒々しい雷雨は、私をますます勢いづかせる。
(8・23・水)
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