『千日の瑠璃』326日目——私は迷鳥だ。(丸山健二小説連載)

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私は迷鳥だ。

恐ろしく細長い倉庫の夜番をしている老人に偶然拾われ、命拾いをした迷烏だ。多雨と暑気の季節が私の方向感覚を大きく狂わせてしまった。さもなければ、地磁気のほうにちょっとした狂いが生じたのかもしれない。悠揚として迫らぬ態度の老人は、私をひんやりとした掌で包みこみ、新鮮な水を飲ませてくれ、それから鳥の形に畳んだ清潔でよく乾いているタオルの上に寝かせてくれた。死ぬほど疲れていた私は、たちまち死ぬほどの眠りに落ちた。そして気がつくと、同じ夜がまだつづいていた。私が起きあがろうとすると、老人は目顔でいけないと知らせた。しかし彼は、鳥についてあまり詳しくなさそうだった。私が虫しか食べないことも知らないで、弁当の残りの飯粒を私の前に並べ、「さあ、元気をつけろや」と言った。私がいつでも好きなときに飛び立てるよう、事務所の窓は全部いっぱいに開け放ってあった。私はもうひと口水を飲み、底力が湧くのを期待しながら、ともかく夜が明けるのを待った。

老人は私に言った。「若いうちだけだぞ、そういうどじな真似が許されるのも」と。人間にはわからないことだろうが、実は私はもう若くなかった。正面に見える片丘と、その頂きに立つ一軒家の周辺に漂う夜の気配が陽光に消されると、オオルリが鳴いた。同時に私は、礼も言わずにさつと飛び立ち、絶妙なはばたきをみせて、死が待つだけの大空へと向った。
(8・22・火)

丸山健二×ガジェット通信

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