『千日の瑠璃』303日目——私は霊柩車だ。(丸山健二小説連載)

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私は霊枢車だ。

まほろ町にもなく、隣りの町にも絶対にない、檜と漆と金箔をふんだんに使って作られた、絢爛たる霊柩車だ。関係者は私が到着するまで式を延期し、死者をドライアイスと防腐剤の注射できょうまで持たせた。いや、かれらはただ自分たちの勢力を一日も長く誇示し、敵対する一派を挑発したかっただけでそうしたのかもしれない。いずれにしても、私と私を運転する男は、何者を運ぶかについて充分過ぎるほど承知していた。

それは私が経験したなかでは、最も異様な葬儀となった。この私がこれほどまで衆人の注目を集めるとは思ってもみなかった。私の前後をしずしずと進む大排気量の乗用車には、不正を働き、悪事に与することを生業としている男たちが乗りこみ、その外側を法の名のもとに堂々と武器を携帯できる制服の男たちが囲み、かれらの世論を度外視した行列を、ここ数日間のうちに気風が荒くなったという住民が遠巻きにしていた。善良なる町民は、一生の語り草になり得る光景を眼にしっかり焼き付けようと、瞬きひとつしなかった。

かれらの後ろで爪先立って見物しているのは、青と白に染め分けたシャツを着た、肢体不自由児としか思えぬ少年だった。また、その少年の背後には、黒いむく犬を連れた、よそ目には三十くらいに見える男がいて、そいつの色つきの眼鏡には私が放つ虚無が映っていた。彼の背後には、夏の凶暴な光があるばかりだった。
(7・30・日)

丸山健二×ガジェット通信

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