『千日の瑠璃』297日目——私は天の川だ。(丸山健二小説連載)

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私は天の川だ。

まほろ町の爛れた夜空を横切り、決して世を厭うことのない盲目の少女の静かな胸のうちを過る、天の川だ。うたかた湖にボー卜を浮かべて涼味を満喫している父と子は、私についての問答を繰り返している。花柄の浴衣を着せられて、髪に本物の花を飾ってもらっている少女は、すでに水というものを体感しており、また、川がどういうものであるかを目明きの人間以上に理解している。

だが、相手が私となるとそう簡単にはゆかない。父親は噛み砕いて話そうと努力した挙句に、こう説明する。星とは天に咲く花のようなものだ、と。すると少女は、いい匂いがして、ふんわりと柔らかいものがたくさん流れているのか、と訊き返す。父親は「そうだ」と言い、「その通りだ」と言う。私も満足だ。

そのとき少女の耳がほかのボートの接近を捉え、彼女は父親に注意を促す。父親は「うん、わかってる」と言って、片方のオールを小刻みに操り、乗り手のいない朽ちかけたボートをやり過す。無人ボートの底にたまった水にも私がくっきりと映っていて、その私に少女の手が偶然触れる。「あっ」と彼女は叫ぶ。それから、妻子に逃げられた男と、三十歳になってようやく小説の恋愛から脱出できた女を乗せたボー卜が、少女の傍らを静かに通って行く。女は花束を抱えている。いい香りだと少女は言う。父親は歌う。私の方から眺めると、まほろ町の方こそ天の川の中心だ。
(7・24・月)

丸山健二×ガジェット通信

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