『千日の瑠璃』278日目——私は雨音だ。(丸山健二小説連載)

 
私は雨音だ。

すでに二十時間も間断なくつづいて、まほろ町の人々の胸のうちにぶつぶつと穴をあけている、雨音だ。誰もが私のせいで無口になり、町議会でのいつもながらの実りのない議論さえも、ぴたっとおさまってしまっている。私は人々の腐りかけた脳に深く深く浸透して前言を翻させ、能書きやらご託やらを並べたがる縺れに縺れた神経を麻痺させる。

私は住民に矯激な言動を慎み、速断を戒める力を与え、実際には半可通な知識しか持ち合せていない己れに気づかせる。私は、行動と吻合しない説に飛びつく者に注意を促し、故知に学び過ぎることの危険性についても教え、雌伏して機会を待っても何も得られないことを諭す。そして私は、旗色がわるいママさんバレーのチームの足を引っ張り、夏休みの旅程を組んで楽しんでいる高校生の感興を削ぎ、病床に呻吟する者の最後の心の拠り所を無惨に打ち壊し、黄濁したあやまち川の急湍を泳ぎ渡ろうとする威勢のいい若者の元気を奪い、棄てられた馬の鼻面を撫でようと丘を下ってくる少年に踵を返させる。

しかし残念ながら、その少年と心安くしているオオルリだけは、どうしても私の意のままにならない。ならないどころか、私がまほろ町の隅々に染みこませる陰の力を吸い取って陽の力に変換し、死を生に見立ててしまう華麗なさえずりをいたるところにばら撒くのだ。かくして私たちの鬩ぎ合いは尚もつづく。
(7・5・水)

丸山健二×ガジェット通信

  1. HOME
  2. エンタメ
  3. 『千日の瑠璃』278日目——私は雨音だ。(丸山健二小説連載)
  • ガジェット通信編集部への情報提供はこちら
  • 記事内の筆者見解は明示のない限りガジェット通信を代表するものではありません。