『千日の瑠璃』273日目——私は色彩だ。(丸山健二小説連載)

 

私は色彩だ。

花屋の裏のごみ棄て場に無作為にちりばめられている、退廃的な分だけ幻想的な色彩だ。待ちに待った甲斐があり、きょう遂に、私が醸し出す美の神髄を味得する者が現われた。悲劇的に身をよじる仕種がすっかり板についているその少年は、もうかれこれ小一時間も私に見とれているのだ。無理もない。私は単に種類が豊富であるばかりではなく、組合せの妙にも大いに自信を持っている。腐敗へと向うチューリップ、ヒトデの形をした南方産のばかでかい花、白く濁った眼球がいやに目立つ食べかけの魚の干物、虫ピンで背中を串刺しにされたまま見棄てられた蝶の数々、朱色に染まった蟹の甲羅、まだ動いている蜥蜴のしっぽ、エキスをすっかり絞り取られた豚の骨。色感豊かな少年は、均整のとれた私の全姿をつくづくと眺めていたが、やがて感極まり、私のなかへどっと身を投じる。

そして少年は、私を完全なものにしようとあちこちに手を入れ、いじくり回し、置き替える。しかしそれでも納得がゆかず、しまいには私のなかでのた打ち回る。まだまだ不満の様子だ。彼は自身を色のひとつとして見ることを忘れている。私にいわせれば、彼が参加してくれたために、私は非の打ちどころがない美に到達できたのだ。

だが新しいごみを棄てにきた花屋の若奥さんは、少年の行為を頓狂な振る舞いとしか受けとめられず、黄色い声を張りあげて逃げ去った。
(6・30・金)

丸山健二×ガジェット通信

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