『千日の瑠璃』206日目——私は弾丸だ。(丸山健二小説連載)

 

私は弾丸だ。

まほろ町の静かな春の宵に、突如として大口径の回転式拳銃から発射された、自暴自棄の弾丸だ。衝撃波に先導された私は、三階建ての黒いビルへ向ってまっしぐらに突き進む。意に違わず窓ガラスに命中した二発のうち、一発は天井に刺さり、あとの一発は跳ねて革張りの下品な長椅子にめりこむ。上々の首尾だ。そこに居合せた三人の男は、事がすんだあとで床に身を伏せる。そしてかれらは、外でクルマが急発進する音が響くと同時に起きあがり、おずおずと窓に近づく。

三人は灯りを消したクルマが闇の奥へ走り去るのを見届けただけで、反撃も加えなければ、追跡もしようとしない。やがて、長身の青年が長椅子の小さな穴に気づく。彼は指をその穴に突っこんでひしゃげてしまった私をつまみ出し、仲間に見せる。傷男と指無し男の顔が恐怖のために縦に揺れている。私としては役目を充分に果たしたのだ。

青年はさも小ばかにしたような仕種で、私を窓の外へ放り出す。私はただの金属のかけらとなって落ちてゆき、ちょうど下を歩いていた容貌が極端に醜い少年の頭にこつんと当たる。すると彼の口から銃声にそっくりな叫び声が飛び出し、あちこちの家で灯りが点く。しばらくしてパトカーが間延びした音を発しながら、法律万能の社会ではないことを叫びながらこっちへやってくる。私は少年のポケットにおさめられて、現場を悠々と離れる。
(4・24・月)

丸山健二×ガジェット通信

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