『千日の瑠璃』166日目——私は誇りだ。(丸山健二小説連載)

 

私は誇りだ。

気温の上昇につれ、成長が進むにつれて籠の鳥がしっかりと身につけてゆく、押しも押されもせぬ誇りだ。大部分の青と一部分の白の羽毛に覆われて成鳥となった世一のオオルリは、誰もいない丘の上の一軒家で、春の風と、春を促進するうたかた湖の光を浴びたとき、突然私を自覚し、己れがただの飼い鳥などではないことをはっきりと意識した。

しかしオオルリは、鳥でなければ一体何なのかという類いの自問を試みたりはせず、一点非の打ちどころがないわが身をひび割れた窓ガラスに映し、運動公園から湧きあがる高校生の歓声や、早くも沃野を走り回る耕耘機のエンジン音や、架橋工事の現場で墜死した男を運ぶ救急車のサイレンや、新生児を前にして万歳を唱和する輝かしい一族の声や、政府の肝煎りで巡回講演をする御用文化人の失笑を禁じ得ない話や、それに送られる蒙昧な聴衆の拍手や、水成岩の地層が自身の重さでずれるときに生じる低い音や、未だに為政者の良心なんぞを問題にする愚民の嘆きや、罷業権をちらつかせて凄む労働者への悪口雑言などに合せて全身を打ち震わせ、現し世の精髄を極めるさえずりを高らかに放つのだ。

私はこのぼろ家をいっぱいに満たし、外へ溢れ出る。だが私はめくるめく空間に拡散してしまい、真昼の天心に輝く唯一の光源体によって焼き尽くされてしまって、まほろ町の住人に影響を与えることはほとんどない。
(3・15・水)

丸山健二×ガジェット通信

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