『千日の瑠璃』163日目——私は嫉妬だ。(丸山健二小説連載)
私は嫉妬だ。
少年世一と彼の母親が家へ連れてきた客のあいだで、激しく火花を散らす嫉妬だ。よそ者の若い女は、世一が飼っている本物のオオルリを目のあたりにして私を燃やし、世一は世一で、彼女の左の胸を飾っている青い鳥のバッジを見て私に突きあげられる。女といっしょに招待された男はというと、籠の鳥を見るふりをしながら、珍しい生物の形態でも観察するような眼つきで世一を眺めている。
また世一の姉は、新品のストーブに生木を放りこみながら、駆け落ちしてまほろ町に住み着いた若過ぎる男女をじろじろと見つめ、あら捜しをしている。女は連れの耳元で、「あたしも欲しい」と言う。すると男はもっと小さな声で、「飼ってはいけない鳥なんだぞ」と言う。ほどなく世一は、ふたりの揃いのセーターにとまっている金属製の小鳥を交互に指差し、「ああ」とか「うう」とかわけのわからない言葉を頻りに発する。けれども、その場で交換の取り引きが成立することはない。双方共に、バッジとオオルリのふたつを所有したがっているからだ。
世一の母は、丘の上の生活がどれほど素晴らしいものかと嘘をつく。世一の父は、「住民票を移したかな?」と訊く。そして、いつしか私に取り愚かれた世一の姉は、「あんたたちはほんとに幸せなの?」と二度もたずねる。
客が帰ったあと、皆は黙って青い鳥を眺め、私は世一の手でストーブに投げこまれる。
(3・12・日)
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