[読書]圧巻の「障害児の親」研究が出た

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[読書]圧巻の「障害児の親」研究が出た

今回はlessor様のブログ『lessorの日記』からご寄稿いただきました。

[読書]圧巻の「障害児の親」研究が出た

 自分は「実証研究」と呼ばれるものがあまり好きではない。対人援助分野に関して言えば、多くが「およそ現場でわかっている」ことを再確認するか、現場の感覚であれば当然のごとく「変数」としてリサーチデザインに組み込まれるべきものが抜け落ちているのを見てがっかりするかのいずれかに終わることが多いからである。

しかし、この本は違った。ものすごい本である。

『障害のある乳幼児と母親たち―その変容プロセス』 一瀬早百合 著
http://www.amazon.co.jp/dp/4903690938/?tag=hatena_st1-22&ascsubtag=d-5o7g

 単純に言ってしまえば、既存の障害受容研究の「大ざっぱさ」をばんばん指摘して、ツッコミを入れ難いぐらいに研究対象の絞り込みと重層的な調査分析をして、障害児の母親の変容プロセスを追ったものである。障害児の親に関する実証研究で、これだけ方法論的に洗練された研究を見たことがない。

 既存の研究に対する問題意識がきわめて真っ当なものなので、小さな子どもの親と関わりのある者であれば、冒頭から一気に引きこまれていくだろう。「親は障害をこんなふうに受け止めていくようになります」というプロセスは様々に語られてきたが、それが単線的に描かれるにせよ螺旋的に描かれるにせよ、親たちと関わる現場にとってはほとんど役に立つものではなかったように思う。下手をすれば、それは親に対するステレオタイプな期待となり、個人モデル的な親理解を招き、ソーシャルワークによる支援からは遠ざかっていく。

 一口に「障害児の親」と言っても、子どもの障害種別によって親の体験は大きく変わってくるし、親どうしの関わりも変わってくる。配偶者の役割も重要だ。幼児期と学齢期とでは、子にとっての環境も親にとっての環境も大きく異なる。これらの諸条件を無視しても、過去の多くの「障害児の親」研究はそれなりに読まれてきたと思う。それらが決して無駄だったわけではなく、心理学的な研究は「親の心理と向き合う臨床家」のために親の主観がいかに変容していくのかを予想できるような研究をアウトプットしてきたのだろうし、社会学的な研究は「変わるべき社会」を指摘するために親に向けられた規範的期待の厳しさを暴露できればよかったのだと思う。

 しかし、そこで問題となるのは「ソーシャルワーク」や「療育」の現場にとって研究がもつ意義である。個々の親子の発達や生活の差異に向き合い、その親たちが集う場面に立ち会っていく中で、アセスメントすべきことは数多くある。多くの項目が親の障害への意識と関わりをもつはずなのに、それらの複雑な絡まり合いをいかに分析すればよいのか、という視点は誰も与えてくれない。

 ほとんどの事例が極端な偏差を示すようなモデルでは、支援方法を導くことはおろか、実状を認識するモデルとしてさえも意味をなさない。問題解決の方法についても、子どもとも親とも制度とも関わる支援者はいったい「誰(と誰・何との関係)に」「どのタイミングで」「何を」すべき(でない)か。これは、環境と個人の関わりに焦点を当てるという意味と、実践へのインプリケーションを重視するという二つの意味で「社会福祉学的」な問いであると思う。

 著者は都市部の療育機関でソーシャルワーカーをされてきた方である。仮説生成には実践経験が深く影響しているし、研究対象とした23事例は疫学的データから地域のほぼ「全て」と想定されている(乳児期に診断がつく子どもたちの親に限る)。さらに、親たちのグループワークとフォローアップ面接の発言、アンケートの自由記述内容という膨大なデータをすべて分析。そのキャリア、恵まれた職場環境・研究環境、そして、はっきり言ってとてつもなくめんどくさい分析作業を厭わなかった研究者個人の信念と能力がこのような大作として実を結んだと言える。もし、これが今年の社会福祉学会賞をとらなかったら、学会の見識を疑う。

 おかしな心配をすれば、この先に「障害児の親」研究をする人が出てくるだろうかと思えるぐらいの高いハードルを築いてしまったようにも思える。自分が同じ領域で研究をしていたら、もう辞めたくなるだろう。

 だから、著者が今後もこの研究を発展させていくことが非常に重要。学齢期以降を対象にしたり、もっと遅くまで診断名がつかない障害種別を含めると、さらに違う結果が出てくるに違いない。そして、年齢が上がるほど、診断の時期が多様になるほどに、代表性のあるようなデータをとることはかなり困難になっていく。大変だろうが、どうか頑張ってほしい。あとは、この本を「障害児の親」が読んだらどう思うのだろう、というのは個人的な興味としてある。明確に書いておくが、支援者・研究者向けの本。

執筆:この記事はlessor様のブログ『lessorの日記』からご寄稿いただきました。

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