「罵倒ではなく本質的な対話を」 プラネタリウム・クリエーター、大平貴之さん<「どうする?原発」インタビュー第14回>
「世界一の星空」を投影できるプラネタリウムを開発したプラネタリウム・クリエーター、大平貴之さんは、311以前から原子力に深い関心を寄せてきた。一見、乖離しているように思える「プラネタリウム」と「原子力」をつなげるキーワードは、「サイエンス・コミュニケーション」。科学技術と社会との間にある断絶を埋める対話だ。今回の問題を解決するには何が必要なのか。大平さんはコミュニケーションという視点で、この問題を読み解く――
・特集「どうする?原発」
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■「原発問題を夫婦喧嘩にたとえると…」
「今回の原発事故で、これまで科学技術界と社会とのコミュニケーションがあまりうまくいっていなかった、ということが浮き彫りになりました。日本は被爆国で、もともと原子力に対する感受性が強い。そうした歴史の中、原発は感情的にもデリケートな存在でしたが、その存在を巡る議論は十分ではありませんでした。事故をきっかけに本質的な対話が余儀なくされたと思います」
冒頭、そう踏まえた上で、大平さんは話を意外な方向に展開させた。
「僕はよく、原発問題を夫婦喧嘩にたとえるんです。日本の原発は、『絶対に事故が起きない、安全です』と言ってきました。『絶対に僕は浮気しない』と言う旦那ですね。結婚式ではどんなカップルも永遠の愛を誓いますが、実際は、結婚生活をしてみないと、わからない。上手くいくカップルがいる一方、仮面夫婦も多いし、離婚もする。原発も同じで、事前に事故が起こるかもしれないとは言えません。しかし、旦那が浮気してしまうことがあるのと同じように、事故は起きてしまいました」
奥さんが調べてみたら次々と浮気の証拠が出てくる。「『一体、あなたは何をやってたの? もう信用できないわ!』と奥さんが怒り、修羅場になっている状態です。あえて下世話なたとえをしてみましたが、よく当てはまるんです」という。「この夫婦喧嘩で、今までのコミュニケーション不足が明るみになりました。放射能にはどれほどのリスクがあるのか。では、なぜ原発を作ったのか。メリットもデメリットも、あまりに知らなさすぎる。教育もされていなかった」
原発の是非を巡る議論は、いくつものタブーを含んできたと大平さんは指摘する。なぜか。
「日本では昭和40年代にオイルショックがあり、エネルギーのリスク分散を求めて原発への依存率を上げていきました。また、原発を持つことは、プルトニウムを持つこと。つまり、核兵器に使いうる材料を持つということにもなります。日本人のほとんどは、実際に核兵器を持つことは夢にも考えてはいませんが、その気になれば持てるという状態は、外交的に全く意味がないとは言えません。これは良くも悪くも国際政治に影響してきます。それなのに、原発と核保有を絡めた議論を、国会でオープンにするわけにはいかなかった」
原発問題は、単純に科学技術だけの問題ではない。政治的、社会的な矛盾をもはらんできた。「重要だが、とても難しい。だから多くの人がその掘り下げた議論を避けてきた。事故が起きたことによって、あらためて議論をせざるを得なくなりました。これをどうやって解決するか。息の長く、遠い道のりですが、時間をかけて話し合っていくしかない」と語る。
■「対照的な原子力とプラネタリウム」
そこで重要視するのが、コミュニケーションだ。
「最近、言葉の汚い人がとても多いです。特にインターネット上ですね。意見を言うのにも、感情が先に立ってしまう。原発に反対したい気持ちはわかります。特に幼い子供を持った親御さんにとっては大変重大な問題です。放射能の被害について過小評価してはなりませんが、事実以上に大騒ぎしている人もたくさんいる。中には『東京電力の社員は福島に子供連れで住んでみろ』とか、『推進派は死んでしまえ』とか、罵倒も目立ちます」
「一方、これに対して、『放射脳』(放射能に対する意識が強い人を揶揄する言葉)とか『反原発の人はリテラシーが低い』などと、見下すような発言をする人もいる。お互いこれではまともな議論になるはずがありません。そこを変えるのが、まず第一歩」
先進的なプラネタリウムを開発し、国内外で脚光を浴びてきた大平さん。一見、原発とは遠い世界のようだが、実は表裏をなしているという。
「プラネタリウムは科学コミュニケーションとして、とても有効なツールです。普通、科学技術者の仕事は、複雑で難解になりすぎたため、なかなか一般大衆に理解されない。そんな中、プラネタリウムは老若男女がみんな見ては、ほめてくれる。科学技術の成果が、主にポジティブな面で社会にわかりやすく伝わるわけです。でも、プラネタリウムは、生活必需品ではありません。なくても生活はできるわけです」
「対照的に、原子力を含めたエネルギー産業は、普段、これといった賞賛をされることが少ない。にもかかわらず、社会に必要な電力を、ただ作り続けてきた。万が一、事故を起こせば袋叩き。いうなれば、科学技術の持つネガティブ側面を担ってきたともいえるわけです。だからこそ、こうしたインフラの技術者たちを僕は本当に尊敬します。だから、原子力には震災前から興味を持っていました。そして、僕らのやっていることと対照的な存在である原子力は、科学コミュニケーションを考える上で、避けて通れない存在と思っていました」
■「原発事故を乗り越えて技術立国の進化を」
大平さん自身は、「原子力はまだ続けるべき」という立場だ。化石燃料は二酸化炭素の増加や大気汚染に影響が大きいし、何よりいつかは枯渇してしまう可能性が高い。では、期待が大きい太陽電池はどうか。
「太陽光発電は数ある再生可能エネルギーの中では、上手く使えば設置のデメリットをメリットが上回り、一定の比率でエネルギー需要を担える可能性を秘めていると思います。ですから開発や普及には期待しています。ただ、原子力を置き換えられるかというとそんなに簡単ではありません。多くの人が誤解しているのは、予算を投じて努力すればどんな技術も開発できるのではと思っていること」
「今まで再生可能エネルギーにお金をかけなかったから技術が開発されなかったという主張も多いですが、僕はそうではないと思っています。エネルギーを生むか、生まないかは自然法則ありき。どんなに太陽電池に投資しても、夜間や悪天候時は発電する事はできません。現在解明されている物理法則の限界を超えたものを開発することはできないのです。蓄電技術の開発も一般の方が考えているより非常に難しいです」
「不可能を可能にした」と言われてきた大平さんの直観だ。
「プラネタリウム製作に関しては僕はできることをやっただけです。簡単なことではないですが、物理的には可能なことです。再生可能エネルギーを主軸に据えた社会は一つの理想ですが、そう簡単ではありません。再生可能エネルギーで原発を置き換えるべきという人の意見を掘り下げていくと、必ずどこかに、解決の目処が立っていない技術課題が埋もれています。それを、努力すれば解決出来る、というあいまいな根拠で目をそらすのではなく、しっかり直視しなければなりません」
一方、原発について、「安定したエネルギーを長期的に供給できる素質があります。だから実際に何十年もの間、まがりなりにも電力を供給してきたわけです」と評価する。
「福島第一原発は津波によって非常用電源が失われ、事故が起きましたが、これは、東電などの当事者たちが、事故のリスクを本当に甘く見ていたのだと思います。これは猛省しなければなりません。しかし一方、非常用電源さえなんとかなれば、重大事故は防げた。改善の余地が多々あるわけです。原子力そのものを否定するのではなく、古い形式の原子炉を新型の原子炉を置き換えたり、今回の事故に学んで、リスクを下げる余地は十分あるのです」
大平さんは4、5年前から、中部電力浜岡原発(静岡県)の展示施設である「浜岡原子力館」で毎年、プラネタリウムのイベントを手がけている。もともと、原発に対する興味はあったが、震災と原発事故を経て、今年6月には実際に原発を見学。その安全対策に驚いたという。
「人間のすることにパーフェクトはないと思っていますが、彼らの安全対策への意気込みには只ならぬものを感じました。僕もエンジニアのはしくれですから、震災後、ああすれば、こうすればという意見は持っていたのですが、僕が思いついたような対策はすべてやっていた。彼らは長年にわたり地元からの信頼も築いてきたのに、菅首相から止めろと言われ、無念な思いをした人もいると思います」
「エンジニアはそういうとき、『世界一、安全な原発にしてやる』と燃える。それが100%のものかはわかりません。しかし、原子力に関わる人たちは原子力ムラとして十把一絡げで批判されがちですが、社会生活を護るために使命感を持って原発に取り組む人もたくさんいることは、認識して欲しいのです」
「福島第一原発で事故はありましたが、それを乗り越えて人間は進化していくもの。今後も、重大事故も含めて、絶対に事故が無いと言い切ることはできないでしょう。ですが、原子力をあきらめるのはまだ早いし、技術立国としては、今回の失敗をばねにして、過ちを改め、さらに進化を目指してほしいと思います」
大平さんは、プラネタリウムを投影するとき、こんな話をすることにしている。「町明かりで星が見えないと言われますが、町の明かりがあるから、安全な暮らしができているのです」
■大平貴之(おおひら・たかゆき
1970年、神奈川県生まれ。小学生の頃からプラネタリウム製作を手がける。日本大学大学院理工学研究科精密機械工学専攻を修了後、ソニー入社。98年にこれまでの100倍以上にあたる170万個の星を投影する「MEGASTAR」を発表、注目を集める。ソニー退社後、「大平技研」を設立。日本科学未来館と共同開発した投影星数560万個の「MEGASTAR-II cosmos」がギネスワールドレコーズに認定、セガトイズと共同開発した世界初の光学式家庭用プラネタリウム「HOMESTAR」シリーズは世界累計55万台(2012年3月時点)を超える大ヒット商品となる。東京大学特任教員、和歌山大学客員教授。日本大学優秀賞、文部科学大臣表彰など受賞。
◇関連サイト
・特集「どうする?原発」
http://ch.nicovideo.jp/channel/genpatsu
(猪谷千香)
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