『千日の瑠璃』335日目——私は回復だ。(丸山健二小説連載)

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私は回復だ。

死に直結する高熱が下がり、食欲が戻った少年世一を元通りの体調へと引き寄せる、急速な回復だ。小理屈を並べながらも私を認めざるを得なくなった担当医は、「どうやら峠は越えたみたいだな」と言った。そう言ってから彼は、小鳥を家へ持ち帰ってくれるよう世一の姉に頼んだ。もう大丈夫、と青い鳥は鳴いた。

オオルリが病院から消えても、私の勢いは少しも衰えなかった。世一の口笛による瑠璃色のさえずりが響き渡った。その音波は、体内にまだ僅かに残っているろくでもない細菌と質のわるい毒素を追い出した。午後になると、医師は世一の母にこう告白した。これまで大勢の患者を診てきたが、こんな見事な例は初めてだ、と言って、私のことを誉めちぎった。すると、母親に欲が出た。つまり、この際持病のほうまで治ってくれたらなどという、虫のいい期待をした。しかし、それを口にはしなかった。そして、その期待にしてもすぐに自ら潰してしまった。

母親は息子にまたあとでくるからと言い残して、スーパーマーケットの職場へと帰って行った。その足音は初めのうちだけ軽やかだった。ところが、階段を下って行くにつれて、いつもの、あまり幸福とはいえぬ境界にある者のそれに戻って行った。医師は、「この際全部治ってしまうといいんだが」と呟き、親身も及ばぬ看病をした鳥の名を訊いた。名はない、と答える世一のなかで、私は煮詰まった。
(8・31・木)

丸山健二×ガジェット通信

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