『千日の瑠璃』80日目——私は梟だ。(丸山健二小説連載)

 

私は梟だ。

鬼気を添えるほどの静寂のなかで夜毎鳴きつづける、老いた梟だ。だからといって私は、そうむやみに陰気臭い声を発しているわけではない。また、引きも切らずに押し寄せてくる孤独に堪えられなくなり、闇の量感に圧倒されて、弱音を吐いているのでもない。あるいは、視力が衰えて滅多に餌にありつけなくなったという愚痴の類いでもない。こう見えても私は、ひと晩に野鼠の一匹や二匹は丸呑みにしているし、孤独や闇などはもともと私の友であり、私の一部ですらある。子孫をたくさん残した私としては、もはや雌の気を引くために鳴くこともない。あちこちで伐木がさかんに行なわれて仲間が激減した今となっては、縄張りなどという狭い了見のために鳴く必要もない。

この世に対してひと言異論をさしはさみたくて鳴いているかどうかは我ながら定かでないが、湖畔の別荘で余生を送っている元大学教授のために鳴いていることだけは確かだ。彼を眠らせまいとする煩悶や、彼の心を寒々とさせる苦悩を鎮めようとして、私は鳴く。昨夜の彼は、政府の御用学者をめざしてあれこれ画策したことを深く恥じ、今夜の彼は、その立場に立てなかったことをひどく無念がっている。私がいつもの気休めの「もういいではないか」という声を発しようとすると、見知り越しの仲である少年世一がぬっと現われて、「そんな奴に構うな」と言う。
(12・19・月)

丸山健二×ガジェット通信

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