『千日の瑠璃』72日目——私は矛盾だ。(丸山健二小説連載)

 

私は矛盾だ。

少年世一と白鳥を巡って生じた、ちょっとした矛盾だ。夜明けと同時に次から次へと渡ってくる大型の候鳥をひと目見ようと、隣り町の小学生の一団がうたかた湖へ押し掛けてきた。まほろ町を最終の目的地にするのもいれば、ひと息入れてから別の湖をめざしてふたたび飛び立つのもいる、と引率の若い教師は言い、白鳥の命と人間の命の重さに差はない、と説いた。生徒はその話に甚く感動したが、しかしそのすぐあとで、数人の子どもが面白半分に世一を突き飛ばした。

それを見た貸しボート屋のおやじは、白鳥に餌を与えるのをやめ、弱い者いじめをした子どもひとりひとりに、それぞれ一発ずつ、強烈な平手打ちをくらわせた。教師が色をなしておやじに食ってかかった。子どもに暴力を振るうような者に白鳥を愛する資格はない、とそうきめつけた。おやじも負けてはいなかった。自然の大切さを教える前に、弱者をどう扱うべきかについて教えたらどうだ、と言い返した。

ふたりのおとながまくしたてているあいだ、気の荒い一羽の白鳥が女子生徒を嘴でつついて泣かし、世一は製パン業者が運んできた袋のなかへいきなり顔を突っこんで食パンの耳を食い散らし、そこにある大量の餌に気づいた白鳥が大暴れを始めた。そして私は風船のように膨らんで浮かび上がり、すいすいと飛び回り、打ち寄せる波と戯れた。
(12・11・日)

丸山健二×ガジェット通信

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