『千日の瑠璃』63日目——私は初雪だ。(丸山健二小説連載)

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私は初雪だ。

例年より二週間も早く、そしてこの二百年のうちでは最も控え目な初雪だ。まほろ町で私に気づいた者は、片丘の頂きから鳶の滑翔を見おろして鳥になれる日を夢見る少年世一と、ほかには、うつせみ山の禅寺で修行に励む僧たちだけだった。私は、手前勝手な悟りへと向ってがむしゃらに座禅を重ねる僧たちの肩に降り、胸のうちへも降った。

私のせいで僧侶たちの心は大きく乱れた。すべての努力が水泡に帰してしまうのではないかという不安がむくむくと頭をもたげ、それは苛立ちにつながった。上体がぐらぐらと揺れ出した。しかし十九人の僧は、警策によって素早く私を追い出し、脳波の形を元通りにきちんと揃え、自信の半分を取り戻し、無へと帰って行った。だが、経験が浅く、新しい一日が訪れるたびにむしろ苦悩を深めている二十人目の若い僧は、私の狙い通りになった。彼はいつもの疑念に胸ぐらをむんずとつかまれ、激しい焦燥に振り回された。まもなく彼は、疑心暗鬼を生じ、山中に乱雑に打ち棄てられている己れを知り、これは修行でも何でもないと思った。その動揺は警策の連打でも鎮めることができなかった。

他方、世一はというとただもう無邪気に私を求めてやまず、跳びはね、単純不動な天空に向って震える腕をいっぱいに突き出し、素頓狂な声を張りあげた。私は彼の桁外れた神気の強さに恐れをなし、融けて消えた。
(12・2・金)

丸山健二×ガジェット通信

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