若宮正子さん「これからの高齢者に必要なのは“デジタル”」。日本人の意識に課題も
81歳でシニア向けのアプリ「hinadan」を開発して以来、国内外からデジタル世界におけるシニアの代弁者として注目されているICTエバンジェリストの若宮正子さん(85歳)。世界に先駆けて超高齢化社会を迎える日本は、PCやスマホに限らず、AIスピーカーをはじめとしたデジタル機器を導入することで、シニアの生活は目覚しく快適になるはずだと語る。情報管理の重要性とデジタル機器への期待について、話を聞いた。
自己情報の管理に疎い日本人。ITリテラシーの前に、意識改革を
昨年、世界で最も電子政府が整っていると言われる国、エストニアを訪れたという若宮さん。エストニア訪問で一番感じたのは「国民も、国家も、個人の情報をとても大切にしていることでした」と話す。例えば、日本人は自分の健康情報を正確に把握していない人が多い。一方エストニアでは、個人の健康に関する総合的なデータベースの中に、健康保険の情報と一緒にかかりつけ医の診断情報(カルテ)が共有されており、ワクチンの摂取情報や、薬の処方内容など全てを自分で確認することができるうえ、管理もできるという。
この重要性が顕著に現れたのが、今年1月に日本で起きたダイヤモンド・プリンセス号における集団船内隔離。世界中の人が乗り合わせた現場で、予定より長期的な滞在を余儀なくされたシニアの中には、持ち合わせの持病の薬が不足する事態に見舞われた人もいたらしい。そんな時、多くの外国人たちは、自分が処方されている薬の種類や量を的確に把握しており、必要な薬を医師に伝えることができたため、すぐに処方箋を用意してもらえたとのこと。一方、日本のシニアは薬の色やその数を伝えることしかできず、自分がどんな薬をどれだけ飲んでいるか分からない人もいたという。ましてやかかりつけ医の連絡先さえ把握していない人もいたそうだ。「エストニアのシニアたちに、パソコンの使い方はどうやって覚えたのですか?と聞いたら”By Myself(独学で)”と答える人が多かったことに驚きました」と若宮さん。ご自身も、スマホもなんとなく触り始めたら、だんだん使い方が分かるようになったのだそう(写真撮影/片山貴博)
若宮さんは、「私は海外へ一人で旅行に行くことも多いので、スマートフォンに処方箋とかかりつけ医の診察券を画像で保存して、常備薬については英語で何と説明するかのメモもスマホに保存しています」と準備に余念がない。「日本にはエストニアのような健康に関する総合的なデータベースがあるわけではないので、一人ひとりがしっかりと情報を管理しておかねばならないはずなんです。なのに、“他人任せ”という人が多いのが非常に残念です」と若宮さん。これはパソコンやスマートフォンの操作ができるかという以前の問題で、「自分の情報は自分で管理しなくてはいけないから、そのためにデジタル機器を使う、という意識を持つことがまず大切だと痛感しました」と続ける。
行政業務を電子化するには、全国民のITリテラシーが平均的に高い状態でなくては成り立たない。これに対し「シニアの協力なしには実現できない」という話を、金融庁主催のイベントで海外から参加したパネラーから聞かされたという若宮さん。若宮さんがある企業と行った調査では、エストニアで100名のシニア(60歳以上)に聞いたろころ、84人がすでに電子政府サービスを使っていると結果が出た。そこから学んだことは、政府と民間企業が協力し、シニアをはじめとした非デジタルネイティブユーザーでも使いやすい目線で構築されたシステムを用いて、統一された操作手順を持つことの重要性だという。自身が開発したシニア向けゲームアプリ「hinadan」を操作する若宮さん(写真撮影/片山貴博)
シニアの未来で期待を寄せるのはAIスピーカー機器
「将来的にシニアにとって期待が持てるのはAIスピーカー関連のデジタル機器です」と若宮さん。スピーカーそのものの性能に期待しているのではなく、いかに家電や家庭内の機器と同調させることができるかがカギになると話す。特に高齢者の一人住まいや、老老介護家庭など、デジタルを使った自立支援が役立つ場面があるのに、そういう家庭に限ってネット環境がないことでデジタル導入が進んでいない事例が多いことを指摘する。
「パソコンも、スマートフォンも、多少なりとも操作手順を覚えてからでないと使えませんが、AIスピーカーの魅力は、その導入へのハードルが低い点」と語る。スピーカーと会話をするだけで、家電を動かしたり、調べ物が簡単にできるからだ。「テレビをつけて」と言う代わりに、「テレビをオンにして」や「テレビが見たい」と言った言い方に変えても、今のAIスピーカーはほぼ対応可能なレベルだ。また事前登録さえしておけば「テレビさつけてけろ」といった方言でさえ、対応可能になるところまで進化している。
日常的にAIスピーカーを愛用しているという若宮さんは、出張前に天気を確認したり、台所で料理に必要な情報を得たりするなど、両手が塞がっていても、瞬時に情報検索できるという便利さを実感しているという。「スマートフォンでさえ、立ち上げて検索するまでに1分ほどはかかりますが、AIスピーカーを使えば、一瞬。AIスピーカーこそ、シニアにぴったりのデジタル機器です」と話す。表計算ソフトEXCELを使ったエクセルアートは、若宮さんが「シニアがパソコンやテクノロジーに親しむきっかけになれば」と考案したもの。この日の服は、自身の作品をプリントしたオーダーメイド品(写真撮影/片山貴博)
シニアがデジタルに親しむためには? 自治体も支援を
総務省統計局によると、年齢階層別インターネット利用状況は13~60歳はほぼ100%に近いのに対して、61歳以上になると70%程度に減り、70代になると47%、80代になると20%に減少する(「2020年国勢調査 インターネット回答の促進に向けた検討状況」より)。こうした状況に対して、自治体などが積極的にネット環境を整備すると同時に、AIスピーカーの設置と、それらを家電と繋ぐセッティングを行う「お助けマン(支援員)」の必要性を若宮さんは提案している。地域包括センターのような場所がハブとなってそれらを普及させていくことで、シニアのデジタル化を前進させることができるのではないかということだ。
一方シニアに対しては、若宮さんは「細かい操作を丁寧に覚えようとするよりも、全体像をもっと把握することに努めた方がいいのでは」と提案する。LINEの操作をひとつずつ一生懸命覚えることではなく、まず適当に操作をしてみる。そしてやり方を体感することで、デジタル機器に慣れることを勧めたいと話す。「重箱の隅をつつくような学び方ではなく、コンピューターとは何かといった全体像を掴む考え方を持っていることが必要だと思います」と投げかける。また「『もう歳だから……』と言ってしまわずに、無理のない範囲で触ってみるのが一番」と続ける。
そんなシニアたちがデジタルへの一歩を踏み出すきっかけになっているのは、“孫のような愛おしい存在”と話す若宮さん。実際、孫の写真を見たい、孫と話したいという欲求が、シニアたちのデジタル化に一役買っているのは事実だろう。「エクセルアート」でつくった作品の数々。若宮さんは「シニアは手芸などのとっつきやすいものから、コンピューターの存在に親しむのがいいのではないか」と話す(写真撮影/片山貴博)
「私が“にわか有名人”になって以来、それまでの10倍は仕事をこなしているんですよ」と終始笑顔で話す若宮さんからは、聞くとやりたいことが次々とあふれ出る。昨今のコロナウイルス騒動で、若宮さんの主催イベントも中止を余儀なくされたというが、オンライン配信に切り替えた結果、視聴者は会場のキャパシティを超える1000人以上にも増えたそうだ。また今後は自宅から動画配信ができるように、必要な機材を準備していると話す若宮さん。急な出来事にしなやかに対応する様は、実に若々しい。「ちょうど気軽に動画配信をしたかったので、良い機会」と話す若宮さんは、持ち前のポジティブな姿勢で、まさにピンチをチャンスに変えている。これからの活躍も楽しみだ。●取材協力若宮正子さん
昭和10年、東京都生まれ。東京教育大学附属高等学校(現・筑波大学附属高等学校)卒業後、三菱銀行(現・三菱UFJ銀行)に入社。定年をきっかけにパソコンを購入し、楽しさにのめり込む。シニアにパソコンを教えているうちに、エクセルと手芸を融合した「エクセルアート」を思いつく。その後もiPhoneアプリの開発をはじめ、デジタルクリエーター、ICTエバンジェリストとして世界で活躍する。シニア向けサイト「メロウ倶楽部」副会長。NPO法人ブロードバンドスクール協会理事。熱中小学校教諭。
『老いてこそデジタルを。』(1万年堂出版 刊)
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