「やまゆり園」事件、判決で「主文後回し」が意味することとは

「やまゆり園」事件、判決で「主文後回し」が意味することとは
神奈川県相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」で、2016年、入所者と職員ら45人を殺傷したとして殺人などの罪に問われた元職員・植松聖(さとし)被告の判決公判が、3月16日、横浜地方裁判所でありました。青沼潔裁判長は、結論である主文を後回しにして、判決理由を先に読み上げました。その上で、「19人もの命を奪った結果は、ほかの事例と比較できないほどはなはだしく重大だ」として、検察の求刑どおり被告に死刑を言い渡しました。

重大事件の判決を言い渡す際に、「主文後回し」となる場合があり、ニュースの速報などでも取り上げられます。「主文後回し」となるのは、どのようなケースなのでしょうか。また、意味することとは。弁護士の小野寺雅之さんに聞きました。

主文後回しとなると、高い確率で死刑判決が出される。被告人の心理に配慮し、判決に至った理由を理解してもらう意図がある

Q:通常の刑事裁判で、判決の宣告はどのように行われますか?
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通常、裁判長が主文を朗読した後に、判決理由を説明します。主文では、有罪か無罪か、有罪の場合はどのような刑罰か、と裁判の結論が2つ示されます。無罪の場合は、「被告人は無罪」と告げられます。一方、有罪を宣告する場合は、「被告人は有罪」とは言わず、例えば「被告人を懲役8年に処する」など、刑罰が言い渡されます。

判決理由にも2つの要素が含まれます。まず、犯罪の事実を認定するために、合理的な疑いをはさむ余地がない程度まで証明されたかどうか。次に、量刑を判断するに至った根拠が述べられます。例えば、「懲役」の刑罰でも、5年と8年、10年では大きな違いがあります。懲役8年とした場合に、なぜこの期間と判断されたのかまで説明します。

刑事訴訟規則35条2項では、「判決の宣告をするには、主文及び理由を朗読し、又は主文の朗読と同時に理由の要旨を告げなければならない」としており、主文と理由を読み上げる「順序」については特に定めがありません。

ただ、判決の内容が記録される「判決書(はんけつがき)」という書面では、主文に続いて判決理由を記載するため、裁判でも、主文の次に判決理由が言い渡されるケースが多いです。

Q:今回の判決言い渡しでは「主文後回し」となりました。報道でも取り上げられる「主文後回し」。異例のことなのでしょうか?
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異例というほど珍しいことではありません。主文後回しは、死刑判決が出される場合によく見られます。これまでの経験でも、無期懲役の判決で主文後回しとなった例はありません。「主文後回し」となった時点で、高い確率で死刑判決が下されると推察されることから、報道などでも取り上げられています。

今回の事件以前では、2019年12月13日に出された、福岡県小郡市で現職警察官が妻子3人を殺害した事件(2017年)の判決で、主文後回しとなり、死刑が言い渡されました。

Q:今回の判決で、主文が後回しにされた理由は、何だと考えられますか?
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被告人の命をもって罪を償う死刑と、これからも生きることができる無期懲役では、とても大きな差があります。裁判官や裁判員は、究極の選択とも言える「死刑」をできることなら避けたいという心理があります。

量刑を決定する際には、次の3つが検討の対象となります。

①犯罪結果の重大性:殺害の方法、被害者の人数など
②動機に酌量の余地があるのか:仕方がないと思える事情があるか、身勝手で非難されるべき理由なのか
③犯行後の態度に反省した様子が見られるか

これらを十分に検討した結果、それでもやむを得ず死刑を決定した場合に、被告人にきちんと理由を伝える目的から、主文が後回しにされます。

どんなに覚悟を決めた人でも、死刑を宣告されると、相当に動揺します。死刑を告げた後に、判決に至った理由を読み上げたとしても、上の空できちんと聴くことができなくなる人がほとんどです。主文が後回しにされ、不安に思いながらも、判決理由が理解できるようにという、被告人の心理に対する配慮があります。

また、遺族など事件関係者にも判決の理由を伝えることは重要だと考えられています。

「やまゆり園」事件では、19人もの命を奪った結果の重大性、犯行に至った動機が障がいを持つ人への差別的な思想によるものであったこと、犯行後も反省の態度が見られないこと、と上記①~③のいずれを考えても、死刑が妥当です。死刑判決に至った理由が被告人や遺族にきちんと伝わるように、主文後回しとなったのでしょう。

Q:厳刑でなくても、主文後回しとなるケースはありますか?
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知る限りでは、ないに等しいです。死刑と比べると、ほかのどのような量刑も、被告人の動揺は少なく、被告人の心情を慮って、主文を後回しにするほどのことではないと思います。

これまでの経験の中では、高等裁判所で、控訴を棄却する判決が出された際に、主文より先に、判決理由が約30分にわたり朗読されたというケースが一度だけありました。判決に至った理由を先行してしっかり聴いてほしいという場合に、死刑判決以外でも、主文後回しとなるケースはあり得ますが、ごく少ないでしょう。

Q.裁判官が「主文後回し」を選択するのには、どのような意図があるのでしょうか?
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裁判官にとって、死刑を判断することは、やむを得ない「究極の選択」であるため、最も聴いてほしいのは、判決に至った理由なのです。死刑判決で、被告人に更生してほしいという思いが込められるとは考えにくいですが、それでも被告人にきちんと納得してもらいたいという意図があります。

今回の「やまゆり園」事件の裁判では、被告人が犯人であることは明らかで、有罪であることを前提に、被告人の責任能力が争われました。そのため、主文後回しの目的は、量刑の根拠をきちんと伝えることでした。

一方で、前述の福岡県小郡市の事件では、被告人が「自分は犯人ではない」と主張し、裁判では被告人が犯罪を行ったかどうかの「犯人性」が争点となりました。このようなケースでは、万が一冤罪(えんざい)であった場合、取り返しがつかないため、被告人が有罪か無罪かの判断が重要となります。そのため、状況証拠を積み上げ、合理的に判断した結果、間違いなく犯人だと認定するに至った理由を伝えることに重きが置かれています。

裁判で、主文後回しとなった判決では、裁判官が何より伝えたい「判決理由」に注目してみてください。

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