細部まで緻密に作り込まれた多大な芸術性で「クズ男からの自立」を描いた『ミッドサマー』:映画レビュー
いくつもの神話、童話、名画がオマージュ/アレンジされ、細部まで緻密に作り込まれた多大な芸術性を持ちながら、「クズ男からの自立」という、シンプルかつ普遍的なテーマを描いた『ミッドサマー』。
アリ・アスター監督の名を広く知らしめた前作『へレディタリー/継承』も家族間のトラウマがベースになっていたが、『ミッドサマー』の主人公ダニ―は、妹が起こした一家心中により天涯孤独になってしまう。アスター監督は「僕はダニ―のような立場にいた」と明かしており、また『ミッドサマー』の脚本執筆時は恋人との破局に見舞われていたという。
人間は孤独への恐怖故に、既に関係が破綻していたとしても、自らの弱さに蓋をするかのように人に依存してしまう。しかし、その恐怖に打ち勝ってこそ、真の自立がある。だからこそアスター監督は、太陽が沈まない白夜の地において、永遠に恐怖が続くかのような場にダニ―を追い込んだ。花々が咲き乱れ、同じ衣服に身を包み穏やかな表情を浮かべた人々が暮らす楽園「ホルガ」が、非現実的な美しくも恐ろしい佇まいを見せれば見せるほど、その「儀式」は環境も生活も一転し、全く新しい自分になる程のことなのだと思い知らされる。
今作について、アスター監督はラース・フォン・トリアーの『ドッグビル』からの影響を明かしている。非道徳的なるものを神のような視点で焼き尽くす『ドッグビル』の最高のカタルシスは、見事に投影されている。
また、第92回アカデミー賞授賞式のオープニングではジャネール・モネイが2019年に公開された作品をフィーチャしたパフォーマンスを披露したが、ジャネールはアカデミー賞にノミネートされていない本作を象徴するカラフルな花があしらわれた冠と衣装を着用し、リスペクトを捧げた。「ミッドサマー」は、それだけのインパクトと意味性を持った作品なのだ。
【書いた人】小松香里
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『ミッドサマー』
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【ストーリー】家族を不慮の事故で失ったダニーは、大学で民俗学を研究する恋人や友人と共にスウェーデンの奥地で開かれる”90年に一度の祝祭”を訪れる。美しい花々が咲き乱れ、太陽が沈まないその村は、優しい住人が陽気に歌い踊る楽園のように思えた。しかし、次第に不穏な空気が漂い始め、ダニーの心はかき乱されていく。妄想、トラウマ、不安、恐怖……それは想像を絶する悪夢の始まりだった。
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