ジョージ・ソーンダーズ『十二月の十日』に泣く!
嘘でしょ? このジョージ・ソーンダーズって、あの『短くて恐ろしいフィルの時代』(角川書店)を書いた人のはず。刊行されて間もなく読んだけれど、その当時断トツにけったいな本だと思った。なのに、短編集である本書の最後に置かれた表題作「十二月の十日」、泣けて泣けてしょうがなかったじゃないの! こんな小説を書くような作家だったっけ?
…といった感想は、著者の他の本を読んでいた場合にはより顕著に感じられるものだと思うが、本書の10作に限ってもバラエティに富んだ内容であることはおわかりいただけるに違いない。一方で、共通する傾向もある。登場人物たちのほとんどがダメ人間であることとか、荒唐無稽な(しばしばSF的な)設定とか、エッジの効いたユーモアのセンスとか。いや、門外漢の私がだらだらと書き連ねるよりも、著者と作品に関する考察については岸本佐知子さんによる訳者あとがきをお読みいただくのが最適であろう。
その岸本さんが本書に関して「今までのソーンダーズ作品とは明らかにちがう色合いが加わっている」と指摘されているのが、「あいかわらず絶望的な状況を描きながら、最後にある種の救済や希望がもたらされる場面が増えた」ことだ。その最たるものがこの文章の冒頭でも述べた表題作だが、他にも「スパイダーヘッドからの逃走」「ビクトリー・ラン」など胸を打たれる展開の作品が目立った(もちろん、『フィル』的なぶっとんだワールドを期待されるような読者好みのものも収録されているので、どうぞご安心を)。
「十二月の十日」の主要人物は、学校で疎外されている少年・ロビンと病気の進行を恐れて自ら命を断とうとする中年の男・エバー。「スパイダーヘッドからの逃走」では、感情や能力をコントロールする薬剤を体内に注入されることによって、刑務所の受刑者かつ実験の被験者である主人公・ジェフたちは翻弄される。いずれも経験せずにすませたいような状況下にいる人々だ。つらい思いを抱え続ける彼らはしかし、最後に希望の方へ踏み出そうとする。そのことは、必ずしも一般的な意味での幸福と同義ではない場合もある(そもそも受刑者がヒロイックな行動をとったからといって、被害者たちにとってそんなことはまったく償いとはなり得ないという可能性もあるだろう)。それでも私は、彼らが土壇場で行動を起こしたことを尊いと思いたい。
人間はちっぽけで、しょっちゅう間違いを犯し、往々にして反省は活かされない(あるいは反省そのものがなされない)。それでも、死なない限り人生は続くし、なんとかして毎日を乗り切っていかなければならないものだ。どっちに転んでもしょぼい一生であることは変わらないのだとしたら、せめて自分の決断で選び取ったという手応えがほしい。”人生は美しい”などと手放しで言える人間ばかりではないと思うけれども、”そんなに悪いものではない(なかった)”レベルまでならなんとか引き上げられそうではないか。どうしても気分が上がらないような日には、この本を思い出すことにする。
(松井ゆかり)
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