昔のトマトは甘かった
この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
昔のトマトは甘かった
世の中にはトマト嫌いの人ってかなりいるんじゃないですか?かく言う私も、子供の頃はトマトが大の苦手でした。ただ、その子供の頃にたった一度だけ、自宅の庭で栽培したトマトを食べたときは衝撃的でした。トマトってこんなに甘かったのかと。市場に流通している多くのトマトは、まだ青く、熟す前の実を収穫し、 店頭に並ぶ頃に赤く食べ頃になるようにしているのだそうですが、完熟するまで収穫せずにおいたトマトは、葉で作られた糖分をより多く蓄積できるため甘くなるらしいのです。恐らく、これが庭で作ったトマトが美味しかった理由なのですが、最新の研究によれば、現在店頭に並ぶトマトがそれほど甘くないのは、完熟前に収穫するからというこの流通上の理由以外に、ある別の理由があったようです。そしてそれは、このような完熟前収穫に適した品種を選択してきた結果、期せずしてもたらされた副産物のようなものだったのです。
南米が原産のトマトは、およそ500年ほど前の発見当初、猛毒をもつベラドンナ*1に似ていたため、毒があると勘違いされ、なかなか食用にはならなかったのですが、200年ほど前から食用としての品種改良が始まりました。そして1920年代の終わり頃に偶然見つかった新品種(写真左下)は、それまでの品種(写真右上)と異なり、完熟前の緑色の状態で見える、ヘタの周りの緑が濃い部分がなく、より均一で若干薄めの緑色を呈していました。このような性質は、完熟前の収穫時期がわかりやすいばかりではなく、熟してからも、均一に赤いため、より強く消費者の購買意欲をそそるという利点もあったことから、瞬く間に市場を席捲するようになったのです。
*1:「ベラドンナ」 Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/ベラドンナ
米・カリフォルニア大学デービス校の植物学者Ann Powell氏は、この品種改良によってもたらされた遺伝子変異を研究する中で、この均一色の新品種ではSIGLK2と呼ばれる、葉緑体の分布や蓄積に関わる遺伝子の活性が失われていることを突き止めました。そして、さらに調べてみると、SIGLK2は、糖の代謝やリコピンなどのカロチノイドの産生にも関わっており、正常なSIGLK2遺伝子を、現在市場に出回っているこの新品種のトマトに導入したところ、糖分、カロチノイドともに20%程度増加したそうです。
つまり、現在のトマトは、流通させやすいように品種改良された結果、期せずして甘くもなく、風味に乏しいトマトになってしまっていたというわけです。そして、さらに完熟前に収穫することにより、葉からの糖分を十分に蓄積できないという二重の弊害により、店頭に並ぶトマトは本来の甘みや風味を失ってしまったと考えられます。ということは、家庭菜園で作る完熟トマトも、この品種改良以前の旧品種のトマトを使えば、もっと美味しくなる可能性があるかもしれません。
一方、残念なことに、法律の規制があるため、失われたSIGLK2遺伝子を復活させた上記遺伝子組み換えトマトの試食は禁じられているようです。Powell氏らは、遺伝子組み換えを使わない通常の品種改良でも、この失われた遺伝子を復活させることは可能だと言います。こちらも、どのくらい美味しくなるのか是非食べてみたいものです。
この研究成果は、6月29日号のScience誌に掲載されました*2。
*2:「Uniform ripening Encodes a Golden 2-like Transcription Factor Regulating Tomato Fruit Chloroplast Development」2012年6月29日『Science』
http://www.sciencemag.org/content/336/6089/1711
執筆: この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
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