81歳美容家 川邉サチコさんに聞いた─「人生100年時代」を生きる20代・30代の過ごし方
「人生100年」と言われる時代。会社員であっても副業を含む多様な働き方をする人が増え、ますます「個」の力が重要になるとみられています。そんな中、81歳の今も現役の美容家としてイキイキと活躍しているのが、川邉サチコさん。人生100年時代を軽やかに生きる大先輩として、長い人生を充実させるために必要なこと、20代30代のうちに心がけておくといいことなどを伺いました。
ビューティークリエイター 川邉サチコさん
1938(昭和13)年、東京都生まれ。女子美術大学卒業。23歳で渡仏し、パリのメイクアップスクールで学ぶ。60年代、ディオール、サンローランなどのオートクチュールコレクション、三宅一生、芦田淳などのコレクションのヘア・メイクを担当。70年代から広告やテレビ、舞台などで女優、タレント、モデル、またデヴィッド・ボウイなど海外アーティストのイメージメイキングを担当。94年、大人のトータルビューティーサロン「川邉サチコ美容研究所(現・KAWABE LAB)」を開設、現在は娘で美容家の川邉ちがやさんとともに同サロンを運営している。
【著書】
『カッコよく年をとりなさい グレイヘア・マダムが教える30のセオリー(ハルメク)』https://www.amazon.co.jp/dp/4908762112
『HAPPY AGEING これからの私に合うおしゃれ(日本文芸社)』https://www.amazon.co.jp/dp/453721709X/
目の前の仕事に真面目に取り組めば、チャンスは巡ってくる
──川邉さんは22歳で結婚。婚家は美容業の老舗で、義母は当時の最先端エステの技術を学んだ美容家のパイオニアだった。「美容師になる気はない」と宣言して結婚したというが、義母に連れられて現場の手伝いをするうちに、「気がつけば美容の現場で修業をさせられていた」という。
若いうちは特に、与えられたことに一つひとつ、真面目に取り組むことが大切。ちゃんと1つ、やり遂げるというのが重要なんです。そこから学べることはものすごく多いから。
若いときはつい焦ったり、すごい人を見て「自分も早くああなりたい」と思ったりするものだけど、焦りや欲望ばかりが先行してもうまくいかない。目先の仕事がつまらないと感じることがあっても、真面目に取り組めば絶対に損はない。振り返ってみると、自分の力になっているもの。
私も、20代の頃は美容の仕事が嫌でしかたなかった。義母を手伝いながら、「いつ辞めてやろうか」と毎日思っていたくらい。でも、いま81歳になっても、こうして美容の仕事を続けている。
実は、今までに2度ほど美容の仕事からいったん退き、他の仕事にチャレンジしたことがあるんです。本格的に器や着物のデザインを始めて、デザイン事務所を立ち上げたこともあった。大好きな分野だったし勉強もしたけど、やっぱり上には上がいて、チャレンジした結果「自分にはこの分野の才能がない」と気づくことができました。
それに、美容の仕事は辞めたはずなのに「あなたじゃないとできない仕事だから」と何度も周りに声を掛けられて、美容から離れられなかったんですね。結局、周りの求めに応じて、背中を押されるかたちで、気づいたら60年近く美容の世界でずっと生きてきた。
「あなたじゃないとできない仕事」という言葉、当時はあまり嬉しくなかった。最初は辞めたいと思っていたし、ディオールやサンローランなどのファッションショーでヘア・メイクを任されるようになり美容の仕事がどんどん増えても、やりがいとか醍醐味を感じられずにいました。
正確に言えば「あまりに忙しくて感じる暇がなかった」。でも、「あなたじゃないと」と求められることはありがたいし、これが「チャンス」というものなんだとは思っていました。これに乗れば、自分の視野を広げ、引き出しを増やしてくれるだろうと。
「この仕事は自分に合っていないかもしれない」と悩む人が多いと思いますが、今の仕事に合っているかどうかなんて、時間が経たないとわからないもの。周りが評価してくれるようになって、初めて「これが向いているのかも?」とおぼろげながら実感できるようになる。私なんて「この仕事は自分の天職なんじゃないか」と思えるようになったのは、ごく最近のことなんです(笑)。
定年後も輝くため、経験を積み能力の土台を作っておく
──会社員と異なり「自由業」には定年はない。「何歳まで働こう」などと考えたこともなかったという。「昨年の誕生日、孫に『いくつになったの?』と聞かれ、電卓を叩いたら80歳だったの。さすがに落ち込んだわ」と笑うが、81歳になる今も「年齢は意識していない」という。
人生100年時代は、会社を定年退職した後も働かなきゃいけなくなる。100歳まで生きるための生活を支える、という経済的な理由もあるし、日本は深刻な人手不足で高齢者も労働力として必要とされている、という社会的背景もある。専業主婦志望の若い女性が多いそうだけど、これからは難しいと思う。もしも夫が早く死んで、自分だけ長生きしたらどうするの?って。
お客様の中には定年退職し、リタイアした人もいるけれど、仕事を辞めると男性も女性も、急に抜け殻みたいになるんです。仕事を続けている人のほうが、いくつになっても輝いている。経済的、社会的理由だけでなく、100年をイキイキ輝いて過ごすためにも、できるだけ長く仕事を持つべきだと思いますね。
そのためには、若いうちからいろいろな経験を積んでおくことが大事。与えられた仕事、求められる役割はまずは挑戦してみるべきです。「向いていない」と思えるものも、「気が進まない」と感じるものも、取り組んでみれば視野が広がり、自分の意外な適性に気づけたりするもの。たとえ失敗したとしても、そこから学びがある。何度も言うけど、どんな経験にも、絶対に無駄はないから。
若いときって、大人を尊敬できない時期なんですよね。「いい年して、あんな程度か。こんな会社辞めたいな」とか。でも、そうやって周りを観察するのは悪いことじゃない。だって、そういう大人の姿をたくさん見る経験も、視野を広げる一つの方法だから。
私は年齢なんて全く意識しないでここまで来たけど、これからはますます年齢なんて関係なくなる時代がやってくると思う。スポーツの世界を見ているとなおさら感じるけど、10代でも20代でも才能があればポーン!と突き抜けることができるはずです。
逆に年を取っていても、経験を武器に長く評価され続けることも可能。年齢ではなく、その人の能力そのものが評価される時代になっているからこそ、若い人にはいろいろな経験を積み重ね、能力の土台を築いてほしいと願っています。
隣の席なのにチャットで会話するなんておかしい
──「60年近く第一線で活躍し続けるための“原動力”になったものはありますか?」と質問したところ、しばし悩んだ後、「考えたこともなかった」という返事が返ってきた。
気づいたら美容の世界にいて、ずっと背中を押されて突っ走ってきた感じだから…他人に褒められても私、喜ばないんですけどね(笑)。
でも、「人が好き」というのは大前提としてあります。仕事をしているといろいろな出会いがあり、素敵な人にも巡り合えるから、それが楽しくて続けてこられたのだと思います。求められる要望に一生懸命応えていたら、人脈がどんどん広がって、いろいろな刺激が得られて…それが飽きずに続けてこられた理由でしょうか。
でも、最近の若い子は、人との交流が苦手らしいですね。私たちの世代は、相手の顔を見て話さないと信用できないと思っちゃうけれど、今の人はすべてネットでしょう?もちろんすごく便利なんだけど、人と会って話す機会が減っていること自体は不幸なんじゃないかしらと考えています。
人と相対して、会話をすることで得られるものはとても大きいもの。目を見て話せば人となりがわかるし、その人の中にある愛や思いも感じ取れるのではないでしょうか。
たまにあるんですよね、サロンへの予約電話の印象はそっけない感じなのに、会ってみるとスゴくいい人!というケース。顔が見えないと、イメージだけで決めつけてしまいそうになるけど、自分の持っているキャパシティって実はすごく小さくて、人に会うことで広がるもの。
いろいろな人に出会うと「世の中にはこんな人もいるんだ、こんな考え方もあるんだ」と気づき、自分の引き出しを増やすことができます。
皆さんも、会社の同じフロアの人には挨拶したり、できるだけ名前を覚えたりしてみてはどうでしょう?それだけでも得られるものはあるはず。こんなことをいうと古い人間と言われちゃうかもしれないけれど、隣の席の人ともネットで会話しているのって、やっぱりおかしいと思う。
「活字を読む」は最良のイメージトレーニング
──自身のキャパシティを広げるためには、本を読むことも大切、と川邉さん。「ネット社会だからこそ、活字を読むことが想像力のトレーニングになる」という。
一時期、マンガで歴史を学ぶような本が流行ったけれど、マンガだと、絵のイメージが強いでしょう?例えば「織田信長はこんな顔」というイメージが、自分の中で強烈に印象づけられてしまって、そこで想像が止まっちゃう。
でも活字ならば、自分の中でイメージを作り出すことができます。読み進めるほどに、自分で「この人はこんなタイプの人じゃないか、こんな顔で、こんな声なんじゃないか」と想像が膨らむ。つまり、いいイメージトレーニングになるんです。
私は興味のある作家の本は、とにかく全部読みます。すると、徐々に文字からその人の人となりや考え方が見えてくるようになるから面白い。
ただ、勧めておいて何ですけれど、私が20、30代の頃は忙しすぎて読む暇はなかった。早くに結婚して、1年目に義父が亡くなって家業を手伝わなければならなくなって、子どもも生まれて…。やることがあまりにいっぱいで、寝る時間を確保するだけで精いっぱいだったんです。それでも、毎朝新聞の見出しだけをダーッと見たりしていました。
今はスマホで本を読めるから便利ですよね。本を持ち歩かなくても、すき間の時間に少しずつだって読めるのだから、意識して活字を読んでほしい。すごく手軽なトレーニングだから。
81歳、仕事の幅はこれからもどんどん広がっていく
──経営するサロンの予約は今もいっぱい。「サチコさんにヘア・メイクやビューティーアドバイスをしてほしい」という顧客からの要望が引きも切らない。最近では、シニア向け雑誌で連載も持っているし、ファッション誌の取材オファーも多い。10月に出した著書『カッコよく年をとりなさい』は増刷され、来年は3冊目の著書の発刊も決まった。
今もまだまだ、後ろから背中を押されている感じですね。しばらくは休む暇はないと覚悟しています。本当は旅行にも行きたいけれど…まあ、ゆっくりするなんて無理ですよね。
目の前のことに真剣に取り組んでいたら、どんどん仕事の幅が広がって…結局は、自分で自分の仕事を増やしてきました。ヘア・メイクだけでなく、もっと女性そのものを輝かせたいと思うようになったら、興味が健康やライフワークにも広がり、最近ではメンタルもフォローしたいと思うようになっています。
女性って、50歳を過ぎて更年期を経験すると、ガクッと1回落ちて元気をなくしてしまう人が多いんです。そういう人を元気にして、再び輝いてもらうのが私の役割。だから「あれもやりたい、これも必要」とどんどんやりたいことが増えて…一つのところに留まれない。
これからもまだまだ仕事の幅は広がっていくだろうし、それに伴い勉強ももっとしないと。みんなについていけなくなっちゃうわ(笑)。 インタビュー・文:伊藤 理子 写真:刑部 友康 編集:馬場 美由紀
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