シャープを買った郭台銘という男(ジャーナリスト 野嶋剛)
シャープが台湾の鴻海精密工業の出資を受け入れる事実上の「シャープ救済」のニュースが世界を駆けめぐった。鴻海精密工業はアップルのiPadやiPhone、ソニーのテレビなどを一手に引き受けるOEM、あるいはEMS型の超大手企業で、その売上げは日本のパナソニックに匹敵する。
日本製造業の凋落という意義づけはさておき、このシャープを買った鴻海精密工業のトップ、郭台銘という人物は日本でほとんど知られておらず、今回の一連の報道でも突っ込んだ人物紹介がなかったのが残念だった。
今回、シャープ本体の株式10%の引き受けは鴻海精密工業で行なったが、堺のシャープ主力工場の46・5%を郭台銘は個人名義で660億円出して買い取っている。
資産100億米ドルと言われる男にとっては懐をほとんど痛めない買い物だったのだろう。この辺の個人と企業のあいまいさは、いかにも台湾的、あるいは華人的なオーナー企業のビヘイビアであるように感じる。
ともかく、鴻海という企業イコール郭台銘であり、郭台銘イコール台湾の電子産業という部分があるからで、郭台銘についてもっと日本人は知っておくべきである。
1950年、台北で警察官の父親の長男に生まれ、学歴は高校までしかない。その後、工場や運送会社などで働いていたが、25歳で母親から借りた10万台湾ドルを元手に小さなゴム工場を立ち上げ、テレビの部品やコンピューターの部品の製造を手がけながら企業を大きくしていった。
働きぶりが異常なほど精力的で、1日に最低16時間は働くと言われ、幹部を夜中の12時によびつけて業務報告させたり、会議を開いたりすることは日常茶飯事で、台湾の産業界では、ものすごい報酬で鴻海にヘッドハントされる優秀な人材は多いが、数年で体と心を悪くしてやめていく、という伝説もある。
好色というと語弊があるが、2005年に愛妻を亡くしたあとは、多くの女性と浮き名を流した。数年前に、ダンスの師匠で、絶世の美人(当時20代だったと記憶)とできちゃった結婚して、スポーツ紙のトップを飾るなど、台湾では「台湾のチンギスハーン」などと呼ぶ向きもある超個性派経営者である。
とはいえ、極めて鋭いビジネスセンスの持ち主であることは間違いなく、日本と台湾が組まないと、韓国勢には対抗できない、という認識はまったく正しい。
技術と知名度とブランド力がある日本と、量産技術とコスト削減のノウハウを持っている台湾が組むことで、垂直型の生産体制を完備している韓国勢に初めて向き合えるという考えは、郭台銘がかねてから主張して日本に呼びかけてきたことで、シャープは未曾有の赤字決算という現実を受けて、ようやくその方向しか生き残る道はないことを決意したのだろう。
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野嶋剛 Nojima Tsuyoshi
ジャーナリスト
1968年生れ。上智大学新聞学科卒。大学在学中に香港中文大学に留学。92年朝日新聞社入社後、佐賀支局、中国・アモイ大学留学、西部社会部を経て、2001年シンガポール支局長。その後、イラク戦争の従軍取材を経験し、07年台北支局長。現在は国際編集部。著書に『イラク戦争従軍記』(朝日新聞社)がある。
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