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どうすれば脳を「理解」できるのか:「コンピュータチップの神経科学」から考える(重ね描き日記)

どうすれば脳を「理解」できるのか:「コンピュータチップの神経科学」から考える

今回は『重ね描き日記』より丸山隆一さん、鈴木力憲さん共著の記事からご寄稿いただきました。

どうすれば脳を「理解」できるのか:「コンピュータチップの神経科学」から考える(重ね描き日記)

今回は「探求メモ」の特別版といった位置づけで、長めの記事を投稿します。2017年に出た神経科学についてのちょっと面白い論文を読み、友人と議論しながらあれこれ考えて書いたものです。昆虫の神経科学と合成生物学を研究している、鈴木力憲(@Mujinaclass)氏との共著です。この文章は、鈴木氏の研究ブログにも同時掲載されています。(同ブログには、研究者として本稿を書いた意図をまとめた「序文」がありますので、このテーマのご専門の方はまずそちらをご覧ください。)

どうすれば脳を「理解」できるのか:「コンピュータチップの神経科学」から考える

文章:丸山隆一(@rmaruy)・鈴木力憲(@Mujinaclass)

近年、神経科学の進歩がすさまじい。さまざまな技術革新によって、脳に関して得られるデータは飛躍的に増えた。「記憶を書き換える」「全脳をシミュレーションする」といった華々しい研究の数々は、神経科学が脳の理解に着実に近づいていることを感じさせる。しかし一昨年、アメリカの二人の研究者が、そうした印象に水を差す論文を書いた。『神経科学者はマイクロプロセッサを理解できたか』と題されたその論文で、彼らは「神経科学者はコンピュータチップすら理解できない」と主張したのだ。コンピュータチップという人工物を対象にした「脳研究」から、何が見えてくるのだろうか。このユニークな論文を題材に、「どうすれば脳を理解できるのか」について考えてみた。

どうすれば脳を「理解」できるのか:「コンピュータチップの神経科学」から考える
1.やがて脳は「理解」できるか?
 ・「脳の理解」へ突き進む神経科学
 ・このままいけば脳は理解できる?
2.神経科学者はコンピュータチップを理解できるか?
 ・チップ研究(Jonas & Kording, 2017)のねらい
 ・ヨナス論文がやったこと
 ・損傷研究
 ・コンピュータチップ「すら」理解できない?
3.脳を理解するための枠組み:マーの3レベル
 ・マーの枠組み
 ・ボトムアップとトップダウンな戦略
4.本当に、神経科学者はコンピュータチップを理解できないのか?
 ・「損傷研究」の実際:昆虫の記憶研究の例
 ・ヨナスらの損傷研究の不足点1:ボトムアップの視点から
 ・ヨナスらの損傷研究の不足点2:トップダウンの視点から
 ・要するに「仮説」が足りない
5.まとめ
 ・再び:どうすれば脳を理解できるか?
 ・積み残した問題:マーの枠組み以外の「脳の理解」は?

1.やがて脳は「理解」できるか?

「脳の理解」へ突き進む神経科学

脳内の記憶のメカニズムを解明して、認知症の治療法を開発したい。言語を司る脳の情報処理機構を解明して、その仕組みを対話ロボットに組み込みたい。あるいは、ただ単に知りたい。具体的な動機はさまざまだろうが、神経科学者※1の共通の目標とは、「脳を理解すること」だ。

そして現在ほど、脳の理解のために資金と人員が投入されている時代はない。世界各国で巨大研究プロジェクトがいくつも行われているし、ここ数年は民間企業が脳にまつわる技術・製品・サービスの研究開発に乗り出す事例も目立つ。

この話題にとくに関心がなくても、

・「AIでアタマの中が丸見えに 脳の活動パターンを深層学習」※2
・「光で記憶を書き換える」※3
・「念じるだけでリハビリ効果 ここまで来た脳技術」※4
などといった見出しをネットで目にし、脳研究の進歩を感じる人も多いはずだ。

実際に、脳を研究する手法は目覚ましく進歩している。たとえば、

・生きた動物で、何千個もの神経細胞の活動を同時に計測する技術
・特定の神経細胞の活動を光で操作する技術※5
・iPS細胞から人工脳組織をつくる技術

などが、ここ10年ほどの間に登場している。こうした革新的な技術の登場によって、研究者たちが手にしている脳にまつわるデータの量はすごいスピードで増えている。すべての神経細胞の配線を意味する「コネクトーム」の解明や、ヒトの脳にある約1000億個の神経細胞のシミュレーション※6ですら、視野に入っている。こういう話を聞いていると、脳の理解は遠くない未来に迫っているのではないかとも思えてくる。

 
このままいけば脳は理解できる?

しかし本当に、こうした技術や実験によるデータの積み重ねの先に「脳の理解」はあるのだろうか? 神経科学は、「脳の理解」への道を着実に進めているのだろうか? そう楽観視はしない研究者もいる。アメリカの若手神経科学者、エリック・ヨナス氏もその一人だ。彼は持ち前のデータ分析のスキルを生かし、多彩なコラボレーションで知られる神経科学者コンラッド・コーディング氏とともに、2017年にユニークな論文を発表した。

Jonas, Eric, and Konrad Paul Kording. “Could a neuroscientist understand a microprocessor?.” PLoS computational biology 13.1 (2017): e1005268. 
https://journals.plos.org/ploscompbiol/article?id=10.1371/journal.pcbi.1005268

タイトルは、ずばり『神経科学者はマイクロプロセッサを理解できたか』※7。著者らはこの論文で、マイクロプロセッサ(いわゆるコンピュータチップ)を脳に見立て、神経科学の手法を用いてマイクロプロセッサの動作原理を解明できるかを試したのだ。

なぜそんなことをしたのか? それは、神経科学の手法が脳の動作原理を理解するうえでどの程度有効なのかを問う試金石になると考えたからだ。神経科学は、脳が行っている複雑な情報処理の原理・仕組みを解明することを目指す。一方、マイクロプロセッサもまた、脳よりもずっと単純ではあるが、情報処理機械である。ならば、神経科学はマイクロプロセッサの仕組みくらい理解できるはずである。プロセッサは人間がつくったものなので、その動作原理がすべてわかっている。したがって、その理解がどれほど「真実」に近づけているか検証できる、というわけである。

著者らはこの論文で、さまざまな神経科学の手法を用いてマイクロプロセッサの動作を解析したが、マイクロプロセッサの動作原理について意味ある知見を得ることができなかったと結論する。そのうえで、「現状の神経科学的手法ではマイクロプロセッサの動作原理すら理解できなかったけど、これでいいの?」という、挑発的なメッセージを投げかけたのだ※8。

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