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第三種接近遭遇テーマの王道。怒濤のサプライズ・エンディングに仰天。

第三種接近遭遇テーマの王道。怒濤のサプライズ・エンディングに仰天。

 トー・ブックス(TOR Books)といえば、アメリカのSF&ファンタジイ界にあって1980年代より数々の話題作を送りだしてきた大手出版社。そのトーがボッドキャスト・ドラマのレーベルTOR LABSを立ちあげ、最初にリリースしたのがマック・ロジャーズ制作のSteal the Starsだった。これをナット・キャシディがノベライズしたのが、本書『物体E』(原題はポッドキャスト版と同じくSteal the Stars)である。

 物語の骨格は、あまりにもストレートな「第三種接近遭遇」だ。十一年前、カリフォルニア州北部のアーサー・クイル海軍基地に宇宙船が墜落した。内部で発見されたのは、一体のETだった。鼓動や脈動などの動的生命兆候は一切ないものの、なぜか体温だけは維持しつづけており、身体をコケに覆われていることから〈モス〉と呼ばれるようになった。宇宙船内には、エンジンもしくはエンジンの一部と目される〈ハープ〉もあった。外見上が弦楽器に似ており、およそ百時間ごとに起動し、ハンマーを複数の弦に叩きつけたかのような巨大な音を立てることから、そう名づけられた。その音を遮蔽なしに聴きつづけると、人間は生きる気力をすべて失ってしまう。

 宇宙船墜落地点に研究施設が作られて二年後、基地は民営化され「クイル・マリン」としてシエラ・コーポレーションの所有となったが、研究は引きつづきおこなわれている。しかし、〈モス〉についても〈ハープ〉についても、依然、ブレイクスルーとなる知見は得られていなかった。

 物語は、クイル・マリンの警備主任のダコタ・ブレンティス(ダウ)の視点で語られる。彼女が新しい部下、マット・セーレムを出迎えるところがはじまりだ。ダウは元レンジャーで、きわめてタフかつ冷静。マットも海軍特殊部隊あがりの叩きあげ。このふたりが、ただ仕事上のやりとり(〈モス〉や〈ハープ〉についての事実確認、クイル・マリン運営上のインストラクション)をしただけで、なぜかお互い強く惹かれあう。その唐突さがなんとも謎なのだが、これがやがてストーリーを牽引する強力な動因になっていく。

 また、クイル・マリンには、職員同士が親しくすることを制限する「交際禁止条例」という、奇妙な規則があった。普通に考えれば、現代の組織でそんな規則はナンセンスだ。シエラ・コーポレーションにどんな考えがあるのか。

 謎と言えば、クイル・マリンの職員は全員、科学者も含めて、〈モス〉の生命は身体を覆っているコケと関係があり、コケの減少は〈モス〉の衰弱をあらわすと、なんの根拠もなしに信じているのも謎だ。確かにコケはしだいに減少しており、理屈としてはよくわからないまま物語に不吉な色合いが滲みはじめる。

 いちばんの謎は、物語の「語り」にある。語り手のダウは「あなた」に語りかけるように、すべてが終わったあとに思い返すようにして文章を綴っている。もちろん、読者は「すべてがどう終わった」のか、結末に至るまでわからない。どうして、こんな変則的な「語り」が採用されているのか?

 さて、シエラ・コーポレーションのオーナーの息子トリップ・ヘイドンがクイル・マリンに干渉をしはじめ、物語が大きく動きはじめる。彼は〈モス〉の現金化を目論んでいる。あからさまに言えば、見世物にしようというのだ。いっぽう、ダウはマットとの出会いを契機にして、クイル・マリンを辞める算段をはじめる。しかし、シエラ・コーポレーションが、〈モス〉や〈ハープ〉の実態にふれた職員をすんなりと辞めさせるはずもない。

 中盤から終盤にかけては、いっぽうにヘイドンの執拗な野望、もういっぽうにダウとマットの危うい希望が振り子のように展開される。「誰が裏切り者か?」というサスペンスも、物語を大きく盛りあげる。しかし、このボリュウムが現代エンターテイメント文芸のフォーマットなのだろうが、なにもこんなに長く引っぱらなくてよいと思う。アイデアや題材からすると中篇くらいがちょうど良かった。

 ともあれ、結末での怒濤のサプライズは文句のつけようがない。〈モス〉と〈ハープ〉の真相に加え、クイル・マリンの「交際禁止条例」の意味、そしてダウの破格な「語り」まで、すべてが絡んでくる。画像的イメージの喚起力も凄まじい。

(牧眞司)

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