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何が起こるかわからない『11月に去りし者』

何が起こるかわからない『11月に去りし者』

 小説は思いがけないことが起こるからおもしろい。

 そんな単純なことをルー・バーニー『11月に去りし者』(ハーパーBOOKS)を読んで再認識した。小説世界は作者の創造物だけど、だからこそその中で起きる出来事はご都合主義ではつまらない。虚構とはいえ世界なのだから、その中では予想もつかないことが起きるのだ。一秒先のことでさえ、誰も言い当てることはできない。確かなものなど何もない未来へ向けて、バーニーは登場人物を走らせていく。その背中をすぐ後ろで追いかけながら、読者も彼らといっしょに戸惑い、驚き、そして恐怖するのだ。

 時計の針は1963年11月にセットされている。その22日、といえば歴史的な大事件の起きた日付である。第35代アメリカ大統領、ジョン・F・ケネディ暗殺だ。テキサス州ダラスの街角で放たれた銃弾は何人かの運命を決定的に変えた。筆頭は妻ジャクリーンの前で突然人生を終えることになった若き大統領。そしてフランク・ギドリーもその一人だった。ニューオーリンズの裏社会では高い地位につけている男だ。前日に引っ掛けた赤毛の美女がテレビのニュースで号泣しているのを見て、彼はこの事件を知った。そのニュースは、多くの国民にとっては希望の星が消えたことを、保守勢力など一部の人間にとっては、忌々しい政策を推し進めようとする異分子が排除されたことを意味した。だがフランクにとっては違う。それは身近に危機が迫っているという信号だった。

 フランクはニューオーリンズを統べるボス、カルロス・マルチェロの指示により、あることをダラスでしてきたばかりだった。コマース・ストリートから二区画先の立体駐車場に、スカイブルーの1959年式キャデラック・エルドラドを置いてくる。誰かが誰かを撃ち、その逃走用に使うのだろう。フランクにとってはごくありふれた頼まれごとにすぎない。車を置いてきたのが、ケネディの狙撃手がいたとされるディーレイ・プラザからすぐ近くだということを除けば。嫌な予感に震えるフランクに、マルチェロの腹心であるセラフィーヌから電話連絡が入る。そのキャデラックを人目のつかない場所で処分してこいというのだ。

 エルドラドを処分する。そして、エルドラドを処分した人間が処分される。
 だが俺は有能な人間だ。マルチェロにとっても必要不可欠な人間だ。

 二つの思いに引き裂かれるフランクは、ある行動に出る。

 物語はフランク・ギドリーを追う形で進んでいく。行動が描かれる人物は他に二人。一人は同じくカルロス・マルチェロの部下、ポール・バローネだ。モダンジャズを愛好するこの男は、なんの感慨も抱くことなく人の命を奪うことができる殺人機械である。依頼された標的だけではなく、時にはそうしたほうが効率的だからという理由で通りすがりの人間の命を奪う。たとえば、たまたま移動手段を必要としているときに、お誂えの車を持っていたというだけで。

—-「トランクを開けろ」バローネは言った。「タイヤを交換してやるから」
「わたしのヒーローね」女は言った。
 バローネは道にまちがいなく誰もいないことを確認すると、女の喉を切り裂き、スーツに血がつかないように彼女の体の向きを少し変えた。まもなく女はハンガーからすべり落ちるシルクのドレスのように、だらりとした。あとは車のトランクに落としこめばよかった。手間はまったくかからない。

 フランク・ギドリーとポール・バローネ、この二人だけでも十分に見えるのに、作者はもう一人の主人公を準備した。シャーロット・ロイ、オクラハマに住む二児の母だ。彼女は母親の教育のために引っ込み思案になり、せっかく入った大学でも人間関係に怖気づいて六週間で家に逃げ帰ってしまっていた。地元のパン屋で働き、店にやってきたハンサムな客と結婚し、すぐに身籠った。その夫、ドゥーリーは酒のために以前とは違う人間になってしまっている。ロイ家は典型的な南部の一族で、ドゥーリーの父親や兄は黒人に対する偏見を隠そうともしない。シャーロットが彼らの言葉に疑義を示せば、言葉によって完膚なきまでに叩きのめされるだろう。そんな家の檻に、シャーロットは囚われている。

 この女性が小説の変数である。ニューオーリンズ暗黒界の顔役と、冷酷な殺し屋がオクラホマの主婦と出会うのはなぜか。どのように彼らの軌跡は交わるのか。それを書いてしまうと小説のおもしろさは半減するので、ここでは触れないことにする。ルー・バーニーの筆致はまるでサイコロを振って進むすごろくを遊んでいるようだ。だって俺にもわからないんだもの。次の目で一が出たら三つ進む。二が出たら一回休み。六が出たらカードを引くことになるな。そんな感じで登場人物たちは動かされていく。途中で出てくる脇役も存在感のある人間ばかりで、特にポール・バローニに雇われて車を運転することになる黒人少年、セオドアがいい。有色人種の弁護士になるという夢を持つ彼を、思わずみんな応援したくなるはずだ。そのセオドアもまた、バーニーのすごろくゲームに参加しなければならないのである。サイコロの出目次第で運命は決まる。

 ルー・バーニーの日本初紹介作は2010年に発表された『ガットショット・ストレート』(イースト・プレス)だ。刑務所を出たばかりの冴えない運び屋が、言われるままに車を運転してラス・ヴェガスまで来てみると、トランクの中から物音がして、中に今から始末される人間がいることがわかる、という出だしからもう完璧で、あとは二転三転する話をおろおろしながら追いかけるだけ。主人公のシェイクが騙されやすいお人好しで、彼に助けられるジーナがとんでもない嘘吐き女というのも良くて、鼻先を掴んで引き回される快感がある。それから翻訳が途絶えていたが、ハメット賞を獲得した長篇第四作の本書で意外にも日本の読者の前に戻ってきてくれたのである。本書で始めてルー・バーニーを読むという幸運な人のために、かつて『ガットショット・ストレート』の帯推薦用に書いた拙文を再録しておきたい。これを読んで心が1ミリでも動いた人は、明日本屋に飛んで行って『11月に去りし者』を読むこと。いいね、絶対だよ。

—-カール・ハイアセンのスラップスティックなギャグ、エルモア・レナードの小説に出てくる侠気のある男たち、そしてエヴァン・ハンターが好んで登場させていた、触れるのも躊躇われる剣呑な美女たち。そういう要素が好きな方に本書をお薦めします。どこまでも単純で騙されやすく、しかも滅法惚れやすい。そんな主人公シェイクがあなたの心を鷲掴みにするでしょう。ちなみに前科者だけど、将来の夢はおいしいレストランを開くことだ!

 訳者あとがきによれば、長篇第二作のWhiplash Riverでは、シェイクが本当にレストランを開業しているらしい。アメリカ探偵作家クラブのエドガー賞ベスト・ペイパーバック・オリジナル部門他の各賞を総なめにした話題作らしいので、本書が売れたら翻訳が出るかも。ちなみに『ガットショット・ストレート』になくて『11月に去りし者たち』に加わった要素は犬だ。シャーロットの飼っている犬、ラッキー。これがまたいい芝居をするんだ。

(杉江松恋)

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