マイクロブルワリーは地域を泡立たせる! 今こそ訪れるべき都内の名店3選
マイクロブルワリーとは小規模でビールを生産する醸造所のこと。1980年代のアメリカでブームが起こり、その後、ほかの国々にも広がっていった。
日本では1994年の細川内閣の時代に酒税法が改正。ビールの製造免許取得に必要な最低製造量が年間2000klから60klに引き下げられた。これにより、マイクロブルワリーの数が徐々に増え、日本全国でクラフトビールが誕生する。
そんなマイクロブルワリーが今、地域を盛り上げているという。どういうことなのか?
地域と密接に関わるクラフトビールが続々
今回、クラフトビールについて詳しく教えてくれたのは日本ビアジャーナリスト協会の木暮 亮さん(41歳)。木暮さんがクラフトビールにハマったのは7年前。川越の「COEDOビール」との出会いがきっかけだった。以降、全国で2000種類以上のクラフトビールを飲み歩いている。木暮さんは協会のウェブサイトでも精力的に記事を執筆中(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「ビールの原料は麦芽、ホップ、水、酵母。それ以外の副原料は米、麦、トウモロコシなど。さらに昨年の酒税法改正でいろんな食材を使えるようになったんです」
もともと地産地消の傾向が強いクラフトビールだが、さらに地域性を取り込みやすくなったということ。
「例えば、西船橋駅近くの『船橋ビール醸造所』では副原料に船橋名産のホンビノス貝を使ったクラフトビールを開発。貝のうま味成分がビールのコクを生むそうです。また、岩手の遠野醸造は副原料に特産品のハスカップを使用したヴァイツェン(白ビールともいわれ、大麦麦芽と小麦麦芽でつくるが小麦麦芽の使用比率は50%以上のもの)で地元とコラボしています」
2019年の今こそマイクロブルワリーに足を運ぶべきなのだ。クラフトビールを愛してやまない木暮さん、ビールの泡のように地域を盛り上げている東京都内のマイクロブルワリーを紹介してもらえますか?
「懐かしい昭和団地系」のガハハビール
最初に向かったのは「ガハハビール」(東陽町)。一度聞いたら忘れようがない店名だ。木暮さんいわく、「オーナーさんの豪快な笑い声から取ったそうですよ」
店は東陽町駅から徒歩5分、「南砂二丁目団地」の一角にある。江東区では初のビール醸造所だ。1975年に入居開始した全6棟、2769戸のマンモス団地(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
店の前ではオーナー・馬場哲生さん(41歳)が最高のガハハスマイルでお出迎え。 「ガハハ」と笑う「ガハハビール」のオーナー、馬場哲生さん。「暑い中、よく来てくれましたねえ」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)店内には家族連れの姿も(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
馬場さんは映画製作の仕事をしていたが、結婚を機に飲食業界に転身。「大好きで尊敬している」という高円寺の「エル パト」というアメリカンダイナーで飲んだクラフトビールが自身の店を出すきっかけになったという。
「同じ高円寺の『高円寺麦酒工房』で2年間勉強したのち、2017年6月にこの店をオープンしました」さすが、団地にちなんでつくった「ダンチエール」もある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
昼から飲めて本格的なフードも味わえる
とはいえ、出店に至る経緯は順風満帆ではない。
「実家がある東陽町でこの物件を見つけたんですが、免許申請から取得まで8カ月ぐらいかかりました。製造経験を聞かれたり納税記録を見せたり。6月にオープンしてビールを出せるようになったのが9月。店は走り出しているのに本当に免許が下りるのか、めっちゃ心配でした(笑)」
美味しいクラフトビールを出すのは当たり前。「ガハハビール」の特徴は11時オープンと、昼から飲める点。さらに、飲食店時代に培った料理の腕で本格的なフードを出す。「サバのリエット」に「下町レバー」など、フードも手が込んでいる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
満を持して注文したのは、各200mlの「飲み比べ3種セット」(1350円)と「刺身の盛り合わせ」(650円)。ビールは左から「ダンチエール」「スマッシュエール」「恋焦がれ黒2019」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
美しい味と書いて美味しい。まさに、この表現がぴったりだ。肉厚の刺身はカツオ、ヒラマサ、そしてボラの昆布締め。本気のやつだった。
団地が建つ前は電車の製造工場
「お客さんは基本的にビール目当てですが、途中で日本酒に移行できるのが他のビアパブにはないところ。団地に住んでいるおじいちゃんもいらっしゃいますよ」
なお、馬場さんのお母さんも強力な助っ人だ。この日は店内でレシートの整理をしていた。彼女によれば団地が建つ前は電車の製造工場だったそうだ。「食べることが好きな子どもでした」と昔の馬場さんを振り返る(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
商店街のつながりは深い。
「住みやすいところですよ。スーパー、八百屋、クリーニング屋、酒屋、団地内でだいたいそろいますから。ランチでお米が切れたときは向かいのインド料理屋に借りに行ったこともあります(笑)」(馬場さん)来店者には「ガハハビール」ならぬ「ガハハシール」を贈呈(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
ごちそうさま。ガハハビールは「懐かしい昭和団地系ビール」でした。
「昭島の地下深層水系」のイサナブルーイング
続いて向かったのは「イサナブルーイング」(昭島)。イサナとは『万葉集』に出てくる勇魚(いさな)、すなわち鯨のことだ。店は昭島駅から徒歩3分の大師通り沿いにある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
店のロゴマークは、ビールを醸造するためのコニカルタンクと、昭島で200万年前の全身骨格が見つかった古代クジラ「アキシマクジラ」を組み合わせたもの。洒落たダイナーのような店内(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
オーナーの千田恭弘さん(35歳)は半導体の設計開発、航空宇宙防衛関連のセンサー開発という仕事を経て、2018年5月にこの店を開業した。中央が千田さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
小樽ビールの見学ツアーで開眼
クラフトビールに目覚めたきっかけは7年前の小樽旅行。小樽ビールの醸造所見学ツアーに参加したところ、たまたま客が千田さん一人。案内ガイドからマンツーマンでクラフトビールに関する講義を受けることができた。
「特に感動したのが、そこで飲ませてもらった麦汁。従来のビール感ががらりと変わりました」
大学時代はスターバックスでアルバイト。将来はカフェを開くのが夢だった。それが小樽旅行がきっかけでマイクロブルワリーに心変わりする。ゲストビールも含めて常時10種類のメニューを用意(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「出店を決意したのは2017年の5月ぐらい。意外にもぽんぽんと話が進んで11月には物件が決まりました。12月の頭に物件契約、翌年1月に円満退職。会社の人とも未だに交流があって、今度、社の納涼祭に出店させてもらうんです」
子どもが小さいため、安定した会社勤めを辞めることに妻は不安だったそうだが、最終的には応援してくれたという。前衛アートのような圧力計。これでビールの状態を管理する(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
ビールの美味しさの秘密は水にもある
さて、注文したのは「吟醸ヴァイツェン 錠夏」Mサイズ(890円)。製造時に米麹を入れるため、芳醇なコメの香りが特徴の白ビールだ。
フードは昭島に餃子メーカーがあることにちなんだ「あきしま餃子」(490円)とイサナブルーイングのビールを使ったピクルス酢で漬け込んだ「野菜と卵のピクルス」(780円)。黄金のトライアングルが完成(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
千田さんはビールの美味しさの秘密は水にもあるという。
「昭島の水道水はすべて数十年かけて秩父山系から流れてくる地下深層水。この水が美味しいから昭島には蕎麦屋やわさび農家も多いんです」醸造コーナーには千田さんが小樽で感動した麦汁の香りが充満(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
なお、スタバのアルバイト経験が長かった千田さんはコーヒーも大好き。店のドリンクメニューに当然、コーヒーメニューもある。手動の装置で自家焙煎した豆を使用し、エアロプレスで入れるというこだわりようだ。なかには日本初の「ホップ入りコーヒー」という気になるメニューも(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
ヨーロッパ放浪時に目にした小さな醸造所
最後にお邪魔したのは「ライオットビール」(祖師ヶ谷大蔵)。ライオットとは暴動の意だ。店名の由来が気になる。駅から6、7分。商店街を抜けた住宅街の手前にある(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
開業は2018年4月。オーナーの江幡貴人さん(39歳)は板橋区の高島平出身。4年間勤めたIT企業を退職後、半年ほど一人でヨーロッパを放浪したという。15時開店早々から地元の人に愛されている(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「ポルトガルのリスボンをスタートして、アイルランドのダブリンから帰国。ヨーロッパはまちのあちこちに小さい醸造所があって、しかもその地域でしか飲めない銘柄ばかり。とくにドイツ人はガバガバ飲みますね(笑)」
クラフトビールに興味を持った江幡さんは帰国後、さっそくマイクロブルワリーを開業するためのリサーチを始める。サッカー好きでバルセロナの大ファンだという江幡さん(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
ビールの名前に曲名を冠している
「マイクロブルワリーを開ける物件って、規模といい設備といい、ラーメン屋と条件が同じなんですよ。だから、すぐ埋まっちゃう。ここは不動産屋さんからネットに出ていない物件を紹介してもらいました。もともとは接骨院だったみたいです」
ちなみに、「ライオット」はスラングで「すげえ楽しい」という意味があるらしい。メニューを拝見(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
この店の特徴はビールの名前に曲名を冠している点。一番人気だという「サルベーション」(800円)を注文した。パンクバンド、ランシドの名曲だ。フードはこれまたオススメだという「チップス&伝説のサルサソース」(500円)。「チップス&伝説のサルサソース」のソースは今はなき狛江のトルコ料理店の「伝説のレシピ」を再現(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「『サルベーション』はアメリカのシトラホップという柑橘系の香りが高いホップをたっぷり入れてつくっています。麦芽のテイストも濃い目で美味しいんですよね」
信号もない不思議な五叉路に人が集まる
ふと横を見るとヤングママがビールを飲んでいた。聞けば三軒茶屋からわざわざ来店したという。子どもは現在2歳、十数年後には乾杯できる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「世田谷線上町駅の世田谷百貨店というカフェのイベントでここのビールを飲みました。クラフトビールが好きでいろんなお店を回っているんです」とママさん。
江幡さんがこの物件を気に入った理由のひとつにすぐ目の前の五叉路がある。
「信号もない不思議な交差点で、何となく人が集まるように思えたんですよね。行き交う人々がちょっとした羽休めで寄ってほしい。そんな願いも込められています」複雑な形状で道路が交差する(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
確かに眺めているだけで楽しくなる五叉路だ。
「サルベーション」の数式を見せてくれた
江幡さんによれば、ビールづくりは完全に理系の作業。クラウドに上がっている「Beer Smith」というツールを使う人も多いそうだが、彼はエクセルで計算式を構築する。なんと、先ほど飲んだ「サルベーション」の数式を見せてくれた。意味は理解できないが緻密な作業だということは分かる(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)
「煮沸した後の水量や糖分の比重を表す数値です。どの麦芽を何種類入れるかで出てくる糖の量と色が変わります。出た糖を酵母に食わせた最終的な残糖を出すとその差分でアルコール度数になる」
さらに、色味の強い麦芽を入れると色も濃くなり、ホップを入れる量とタイミングで苦味をコントロールしているという。すごい。
ごちそうさまでした。ライオットビールは「人が集まる五叉路系ビール」でした。
クラフトビールを通じて「交流の場」をつくりたい
美味しいビールを出す店があるまちに住みたい。ビール好きなら誰だってそう思うはずだ。マイクロブルワリーの存在が、まちの魅力を2倍にも3倍にも増幅させる。
3軒のオーナーに共通していたのはクラフトビールを通じて「交流の場」をつくりたいという思い。確かに、日本ビアジャーナリスト協会の木暮さんは「海外のマイクロブルワリーは日本の赤提灯のようなもの」だと言っていた。
なるほど。店主の個性とまちの特色を色濃く反映するクラフトビールは「交流の場」としてはもってこいかもしれない。最後にもう一度。「ごちそうさまでした」(写真撮影/SUUMOジャーナル編集部)●取材協力
※木暮さんの記事
ガハハビール
イサナブルーイング
ライオットビール
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