「なんだか嫌な予感がしたの」美女軍団に囲まれた新婚ライフの裏で孤独な妻に忍び寄る男! オスの本能に逆らえぬ聖人君子の悶絶~ツッコみたくなる源氏物語の残念な男女~
あちこちで涙する女達…実は罪作りな主人公
特に何もすることもなく、寝覚めがちなある夜。薫は愛人の女房・按察使(あぜち)の君の部屋で一夜を過ごしました。貴族の生活にはよくあることで、主人である薫が女房に手を出したところで誰も咎めはしないのに、彼は夜明け早々に去って行こうとします。
所詮は身分違い、仕方ないとわかりつつも、彼女は「こうしてお逢いしている噂が立つのが辛うございます」。薫は気の毒になり「表面的な関係に見えるだろうけど、心の底ではあなたへの愛情は絶えることはないよ」。
ただの気休めにもならないような慰め。更には心と心が結ばれることのない、肉体関係だけの浅い仲だと暗に肯定されて、按察使の君はかえって辛い気分です。
「何という夜明けの空の美しさだ。見てご覧。これを知らずに過ごす人の気がしれないね。風流人気取りではないが、こういう空を見ると、この世のことからあの世のことまでさまざま思われて、なんとも言えない」。
薫の胸には、大君と何事もなく過ごしたあの日の夜明けの空が蘇ったのでしょう。自分が呼ぶと素直に出てきてくれて、共に美しい景色を眺めたときのこと。目の前で自分の言葉に傷ついている愛人のことはお構いなし。
匂宮のように美麗な言葉で女心をとろかせるというわけではありませんが、薫は愛人たちからはひどいとか冷酷だとかは思われていません。立派だし、逢えば優しくて、素敵。でも彼の心のなかには入れない……。
身分の壁があるので主従の男女関係はそれだけでも辛いものでしょうが、薫のぼんやりした態度を待ち、妙にコソコソした逢引の相手をするのはいっそうみじめと言うか、悲しい。深入りするのが嫌でこんな事をしている薫ですが、どんどんカルマが増えていっている気がします。
美女軍団に囲まれた新婚ライフ!一方、孤独な妻は…
さて、夕霧の愛娘・六の君と結婚した匂宮は、中の君の待つ二条院へは気軽に戻れなくなっていました。
結婚後は昼間も顔を見ることができるようになった新妻・六の君(それまではよく知らないまま結ばれていたわけで、それもすごいなと思いますが)は本当に才気あふれる美女で、一緒にいても飽きません。
彼女の周りをこれまた若くてきれいな女房が30人ほど取り囲み、彼女たちの衣装や部屋の調度品も、豪華なものをさんざん見慣れた宮の目にも眩しいような、珍しく趣向を凝らしたものばかりが集められています。
こうした肝いりの対応について、父親の夕霧としては正妻の雲居の雁が産んだ長女を皇太子妃にしたときよりも、今回の結婚のほうがずっと気合が入っているというのも、それだけ匂宮の声望が高いからだろうと書かれています。読者側からすると、どうにもチャラいばかりに見えるので何となくしっくり来ませんが。
きらびやかな六条院での美女のもてなしは、どこをとっても面白く楽しいのですが、少々疲れるところもある。そういう意味でただただソフトで愛らしいのは中の君。どうしているか気になるのですが、気軽な身分でもないので昼間にふらっと顔を見に行くということもできず、何日も留守が続きます。
中の君は(こうなるとはわかっていたけど、本当にすっかりお見限りなんだわ。ああ、私が馬鹿だった。のこのこ京に出てきてしまったばかりに……)。そうなるとやはり帰りたいのは宇治です。
(当てつけがましく出ていくようなら問題になるだろうけど、そうではなく、一時的でいいから、宇治で気持ちを落ち着けたい)。行き場のない苦しみを抱えた中の君は、薫に助けを求めます。今の中の君は、どうしてもどうしても京に居たくなかったのです。
表向きは父・八の宮の命日の法要のお礼ですが、結びに「お礼は直にお目にかかって申し上げたく」とあるのを見て、薫の胸はにわかにときめきます。早速返事をし、翌日の夕方、二条院を訪れました。
直々の呼び出しにドキドキ! 気合を入れていざ彼女のもとへ
中の君に密かに思いを寄せる薫としては、彼女が直々に呼んでくれたとあって、オシャレにも気合が入ります。更に自分の良い香り+薫香まで焚き染めて、それだけでも特別感が満々です。
一方の中の君は、過去から今までを振り返り(お父様のこともお姉さまのことも親身になって下さって。こうまで誠実な方なのだから、一緒になればよかった)と、今更ながら少し後悔する節があるような、ないような。
普段は遠目に接するのみですが、恩人にお礼をいうのにあまりにも無情な対応もどうかと思われ、今回は自分の部屋の御簾の前まで招じ入れ、自身は几帳を隔ててその後ろに控えます。
「お手紙を頂いてすぐにでも来たかったのですが、宮さまがいらっしゃると不都合かと思い、今日にしました。それにしても御簾のうちに入れていただけるとは。これも私の誠意が認められたためでしょうか、珍しいことですね」。薫は嬉しさのあまりこう言います。
中の君は恥じらいながら「先日はご親切にありがとうございました。大変ありがたく思いました気持ちを、いつものようではお伝えできないかと思いまして。感謝の思いの端だけでも、なんとか知っていただけましたら……」。
「そうはいってもまだまだ遠いですよ。詳細なご報告もしたいですし、あなたから父君や姉君のことなど、聞きたい昔話もございますから」。
素直な中の君はそれもそうだと思い、部屋の奥から出てきます。とたんに距離が縮まったことに薫はドキドキ。それでも高鳴る胸を抑え、それとなく匂宮の不誠実をディスったり、中の君を励ましたりします。
「なんだか嫌な予感がしたの」信頼していた男の本性に怒り
中の君は夫の悪口など言うべきではないので、ただ漠然と「人生は無常につらい」とだけ言い、宇治に連れて行ってほしい旨を再度頼みます。しかし薫の答えはもちろんノー。
そう言いながらも、薫の中には中の君を自分の妻にしそこねた後悔が沸々と湧き上がり、なんとか今からでも取り戻したい!と、不埒な思いでいっぱいです。
すでに日は暮れ、あたりは次第に暗くなってきました。でも帰る気配を見せない薫。中の君はわずらわしくなり、体の調子が悪いと奥へ引っ込もうとします。
薫は彼女を引き止めるために声をかけ、彼女が返答をしたその声が(やっぱり大君に似ている!)と思った瞬間、御簾の下から彼女の袖をパッと捉えてしまいました。あーあ。
中の君は(なんだか嫌な予感がしたの)と思いつつも、驚き呆れて言葉も出ず、ただ必死に部屋の奥へ逃げ込もうとします。薫はその後に続いて素早く上半身を御簾の中に入れ、彼女に寄り添って横になりました。このアクションが「とても物慣れた態度で」というあたり、薫のやり慣れた感じがよく出ています。
そばに女房もふたりいたはずなのに、彼女たちもどこかへ消えました。赤の他人なら警戒もしようが、家族ぐるみの付き合いの薫なので、なにか事情があるのだろうと憚ったのです。それも中の君にはアンラッキーでした。
「なんというお心でしょう。こんな方とは思いませんでしたのに。人に見られたら……」。泣かんばかりにようやっと文句を言う中の君。「それほど非難されるべきことですか。僕とふたりで夜明かししたことがあったでしょう……亡き姉君もお許し下さっていた。こんな風に近づいたからと言って、無礼なことをしたりはしませんよ」。
薫は荒々しい振る舞いなどは微塵もせず、自分が今となってはいかに後悔しているか、どんなに彼女を思っているかを切々と語ります。そんな事を言われても苦しく辛いばかりの中の君。まったく知らない人ならともかく、信頼を寄せていた薫であるのも悔しい。もう嫌で嫌でたまらずに泣き出します。
「どうしたの。子供みたいに泣かないで」。目の前で苦しむ中の君は、可憐な中にも犯し難い、こちらが恥ずかしくなるような気高さがあり、あの夜のときよりも遥かに美しく思えます。どうしてこんないい女を気前よく宮に譲ってしまったのか。後悔が身を焼くような情念となって薫を襲います。
「もう構うものか!」本能に火がつき悶絶する貴公子
詳しく何がどうだったのかは省略されていますが、結果的に薫は何もせずに明け方に帰っていきました。もともと強引なことはできない性格に加え、妊娠の証である腹帯を見て、無理やりにすることはできなかったのです。でもお腹に巻いた帯を見たということは、衣を脱がせたりしたわけで、際どいところまで迫ったと見ていいでしょう。
(体調不良は妊娠のためだったんだ。我ながら思い切りの悪い性格とは思うが、そんな風にするのは本意じゃない。勢いに任せてやってしまったら、ますます後に引けなくなって、不倫関係になるのも苦労が多いだろう。宮と僕の間で中の君がどんなに苦しむか……)。
冷静にそうは思うものの、薫にはすでに火がついてしまい、また中の君に逢いたくて逢いたくて、逢わなければ死んでしまうような気さえする。どうやって中の君への想いが遂げられるだろうか、とそればかりです。
昨日の中の君の一挙手一投足を思い出しては「もうこうなったら構うものか。匂宮の訪れがなくなれば彼女は僕しか頼る人間がいないんだ。公然と結婚することはできなくても、密かに通うことはできる」などとおかしな正当化までし始める始末。おいおい!
薫が求めているのは死んだ大君です。でも彼女がこの世を去った今、妹の中の君に似た部分を探し、かつて自分との結婚を許された事を引き合いに出して、「逃した魚は大きい」とばかりに後悔しているだけ。でもその気持ちも今となっては愛欲の入ったものになってしまい、執着の炎を消すことができません。
こんな様子に作者は「さばかり心深げにさかしがりたまへど、男といふものの心憂かりけることよ」と、普段はあれほど聖人君子ぶっている薫なのに、やっぱりオスって大変だね!ツッコんでいます。
悟りを開きたい貴公子も雄の本能には抗えない。今まで登場した男たちもいろいろに悶々としてきましたが、薫の場合は変に聖人ぶっているので余計こじらせ度が高いと言うか、こちらも見ていられない感じがするのが痛いし、救いようがない感じがします。
薫が悶々としていると、久しぶりに匂宮が二条院へ戻ってくるとの連絡が。中の君の後見人である薫としては喜ぶべき事なのに、横恋慕に苦しむ今となっては嫉妬で胸をかきむしられるようです。ああ、薫よ、どこへ行く……。
簡単なあらすじや相関図はこちらのサイトが参考になります。
3分で読む源氏物語 http://genji.choice8989.info/index.html
源氏物語の世界 再編集版 http://www.genji-monogatari.net/
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(執筆者: 相澤マイコ) ※あなたもガジェット通信で文章を執筆してみませんか
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