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音楽に打ち込む若者たちの青春ミステリー『下北沢インディーズ』

音楽に打ち込む若者たちの青春ミステリー『下北沢インディーズ』

 バンドというものに多大なる憧れがあるのは、志を同じくする者同士が音楽をやりたいという情熱に駆られて集うものに違いないというイメージがあるからかもしれない(実際には「暇だな〜バンドでもやる?」「やってみっか」的なノリの場合もあるのだろうか。それはそれでまたよし)。個人的な萌えポイントは、幼い頃からの友だち同士がバンドを組むケース。早ければ早いほどいい。flumpool(幼稚園から)やUVERworld(保育園から)などは涙が出るほどありがたい。先日も、バナナラマのサラとカレンが4歳からの幼なじみと知って狂喜乱舞したばかりだ。

 今回ご紹介するのは、自身もバンド経験者で最近は作家同士でユニットを組み演奏もされたりしている岡崎琢磨さんの『下北沢インディーズ』。連作短編集で、収録の5話それぞれに駆け出しのバンドが登場する。さらに言うなら、主人公の音無多摩子自身が新人雑誌編集者。フレッシュな若者たちが熱い思いを抱いてサブカルの街下北沢に集う。いや、若いっていいですねえ…と思っていると不意をつかれることになる。『下北沢インディーズ』は音楽に打ち込む若者たちの青春小説であるのみならず、各短編ごとに趣向を凝らしたミステリーでもあるからだ。

 物語は、多摩子が編集長の大久保祥一から「無名のインディーズバンドを発掘する連載コラムを担当せよ」と命じられるところから始まる。多摩子は音楽雑誌『ロック・クエスチョン』(通称RQ)の編集者として3か月前に新卒で入社したばかり。RQは音楽好きなら知らない者はいない有名雑誌で、多摩子は難関を突破して採用された。もちろん優秀さを買われてのことではあろうが、そうはいってもまだ編集者としてのノウハウは身についていない彼女にはどうやって紹介するバンドを選べばいいのかわからない。困った多摩子が大久保に訴えると、「彼が目をつけたバンドの多くが大成している」という確かな耳の持ち主を紹介される。それが、下北沢のライブハウス・レジェンドのマスターである五味淵龍仁だったのだ。

 初対面ではけんもほろろの対応をされた多摩子。それでも、連載初回に紹介しようと思うバンドも見つかり、取材もトントン拍子に進む。メジャーレーベルから声もかかったとのことで、多摩子が「来週も聴きに来てください」と誘われたライブにはそのレーベルの担当者も来るという。しかし、当日のレジェンドでは思いもよらない事件が起きて…! (「ブチギレデジタルディレイ」)

 若さゆえの鬱屈や思い上がりに対してだいぶ寛容な気持ちで読めるようになったのは、自分が歳をとったからだろうか? いま現在青春まっただなかの若い読者には、もっとひりつくような彼ら自身に近しい感情として読めるのかも(私なんて五味淵さんより歳いってるだろうからなあ)。本書はもうひとつ、多摩子の成長小説という側面もある。多摩子は大学で軽音楽サークルに所属、ボーカル・ベーシストとして活動。そして数千倍の倍率をクリアしてRQ編集部に採用が決まり、プロのミュージシャンになれなくても「音楽を生活の糧にしていることに、変わりはない」という自負心を心のどこかに持ちながら働いてきた。そしてそんな多摩子を要所要所でサポートするのが、まだまだ現役の五味淵や大久保。バンドは若者だけのものではない。若くやる気にあふれた後進たちを見守り、活動の場を与え、必要な場合には彼らに進むべき道を示す。彼らのやっていることだって立派なロックだ。人間いくつになってもフレッシュな気持ちで生きていくことは可能なのだと勇気づけられる。

 もうひとつ我ながら寛容になったことといえば、オヤジギャグに対しての姿勢だろうか。昔ならつまらない冗談というものに対して氷のような態度で接してきたこともあったのだが、今は大久保が繰り出すダジャレが妙に心に響く。「ベストを尽くせよな–直帰(チョッキ)だけに」などは自分でも使ってみたいとすら思う(「出先から直接家に帰りたい」と希望する多摩子にかけたこの台詞を、使用できるタイミングがいつなのかは見当もつかないが)。本書においては、岡崎琢磨という作家の笑いについてのセンスも存分に発揮されていると思う。ご本人のTwitterを拝読していると、お笑い芸人に関するツイートがとりわけ冴えていると感じるし(私も、霜降り明星の粗品さんすごいと思います)。

(松井ゆかり)

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