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麻薬戦争の真の敵に直面する『ザ・ボーダー』

麻薬戦争の真の敵に直面する『ザ・ボーダー』

 いつも怒っている。
 この世の理不尽に、不平等に、不寛容に。

 弱い者が沈黙しなければならない状況にいつも怒っている。それがドン・ウィンズロウという作家のイメージだった。新作『ザ・ボーダー』(ハーパーBOOKS)の彼も、やはり怒っている。

 日本初紹介となった『ストリート・キッズ』(創元推理文庫)では、若者の傷つきやすい心を通じてその怒りが描かれた。感情で自分が焼き尽くされないように、慎重に、ニール・ケアリーは怒った。やがてウィンズロウは東海岸から西海岸に移り住み、カリフォルニアの開放的な空気の中で、もう少し無造作に、怒りの感情を書き始めた。作家自身が均衡を取るのに苦労しているように見え、時には作品に厭世観さえ漂うようになった。

 転機になったのはやはり、アメリカ麻薬取締局(DEA)とメキシコの麻薬カルテルとの闘いを描いた2005年の大河小説『犬の力』(角川文庫)だろう。ここでウィンズロウは、アメリカという国家の土台を蝕む麻薬取引という犯罪そのものに正面切って向き合った。麻薬が蔓延するのは、それを売買することで利益を得ている者がいるからだ。人の命を危険に晒すことで富を築こうとする者を許さない。どんな汚い手段を用いてでも奴らを罰しなければならない。『犬の力』とはそういう小説だ。ここでウィンズロウは、火力を最大にして怒りの炎を吹き上げる技法を身に着けたのだと思う。

『犬の力』は力作だが、これのみで終わってしまえばウィンズロウは犯罪小説の書き手として並の作家で終わっていた。2015年の続篇『ザ・カルテル』(ハーパーBOOKS)で彼は、前作を遥かに超えてみせた。『ザ・カルテル』は、暴力と、そして怒りが制御不能であるということをはっきり描いた点において『犬の力』よりも優れている。『犬の力』はDEAの捜査官であるアルトゥーロ(アート)・ケラーが、若くして麻薬王の座についたアダン・バレーラ打倒の信念を燃やして抗争を繰り広げる話である。『ザ・カルテル』は二人の闘いが一旦決着した後、バレーラが刑務所から脱獄して再び王位に就くことから始まる。

 しかし物語は単純なケラーVSバレーラの第二ラウンドにはならなかった。なぜならば、麻薬を扱うのは組織であり人であるからだ。ケラーとバレーラの周りで人は動き続けており、利益を求めて暴力の輪は拡散していった。『ザ・カルテル』の後半では麻薬覇権を巡る闘いには収拾がつかなくなり、物語の舞台が国権の及ばない無法地帯となる事態が出来する。無限の暴力の連鎖の中で、この麻薬ビジネスを担っている者、ザ・カルテルとはいったい誰なのだろうか、と登場人物たちは自問自答するのである。

『ザ・ボーダー』は前作から4年後に発表された、三部作の掉尾を飾る大作である。一生を麻薬戦争のために費やしたといってもいいケラーはすでに老境にあるが、ついにDEA局長に就任する。宿敵バレーラは行方不明であり、空位の王座を巡って子供の世代の間で跡目争いが始まっている。権力を狙っている者は若い世代だけではない。バレーラを第二世代、その子供たちを第三世代とすれば第一世代、すなわち、バレーラの上の者たちが現場に復帰して、築かれた秩序を無効化させて新規巻き直しをさせようと企むのである。こうした動きを睨みながらケラーは、かつてなかった改革に手をつける。これまで自分の視野に入っていなかった層に麻薬戦争の本丸があると考え、そこを突き崩すことを最後の仕事にしようとするのである。

『犬の力』においてケラーの敵は、眼前にいる権力者・バレーラだった。『ザ・カルテル』ではその構造が崩壊し、秩序など何もない状態の中で暴力の蔓延を止めなければならなくなった。敵は偏在していると同時に、どこにもいなくなってしまったのである。この三部作をケラーの個人史と見なすと、彼が闘うべき真の敵を見出していく物語と読み替えることができる。『ザ・ボーダー』においてケラーは、バレーラを敵と見做していた過去の自分は間違っていたと考える。アメリカに麻薬を送りつけてくるメキシコのカルテルが本当の敵ではない。そのビジネスを成立させている大本、つまり麻薬とそれによって生み出されている金を必要とするアメリカ国内にこそ倒すべき相手がいるのだ。自分たちの内側にいる本当の敵とは一体誰か。それを明かすのはマナー違反なので遠慮しておくが、ケラーの闘いはかつてないほどの厳しいものになる。

 本書の題名である『ザ・ボーダー』から、ドナルド・トランプ大統領が主張する国境の壁施策を連想する読者は多いはずだ。メキシコからアメリカに移民が不法に流入してくるのを防ぐため国境に壁を築くべきだ、とトランプは言う。悪い者はみんなアメリカの外から来るのだと。それに対してケラー=ウィンズロウは、真の敵はアメリカの中にこそいるはずではないか、と疑問を投げかける。外へ、外へ、と誰かが注意を向けようとするとき、そこには別の企図があるかもしれない。

 前二作にも増して弱い者の姿に胸を打たれる小説でもある。特にグアテマラから自由の天地であるはずのアメリカに旅をする少年ニコと、彼らの連れとなるフロル、パオラのエピソードにはぜひ注目いただきたい。権力の構造に底辺があるとすればまさに彼らがそうなのであり、無理解と不寛容が暴力を再生産していくさまが見事にカリカチュアライズされて描かれている。ウィンズロウの低く、唸るような怒り声を、私は確かに聞いた。

(杉江松恋)

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