冬の物語、夢の物語、大胆なガジェットと切ない恋情

冬の物語、夢の物語、大胆なガジェットと切ない恋情

 冬の物語、あるいは冬へと向かう物語。SFの歴史のなかで、いくつも印象的な作品が生まれてきた。ライバー「バケツ一杯の空気」、ティプトリー「愛はさだめ、さだめは死」、ル・グィン『闇の左手』、コーニイ『ハローサマー、グッドバイ』。本書はその系譜に連なる一冊だ。

 舞台となるのは2000年代前半のウェールズ。作中では「別な時間線の地球」という説明は一切ないが、この世界では極寒の冬を乗りきるために全人口の99.9パーセントが冬眠をする。冬眠中に死ぬことも少なくない。人類は歴史のなかで冬眠のための技術と管理体制を発展させ、現在は冬眠中のカロリー消費を抑えるモルフェノックスという薬ができている。しかし、高価なので、誰もがそれを享受できるわけではない。また、モルフェノックスの副作用として、服用者の数千人にひとりはナイトウォーカーと呼ばれるゾンビになる。春になってさまよい出たナイトウォーカーはやがて人を襲う脅威になるが、その前に脳を調整すれば単純労働者として使役可能だ。モルフェノックスの製造と、ナイトウォーカーの保護・使役を一手に担っているのが、ハイパーテック社である。

 いっぽう、ひとびとの安眠を守る冬季取締局という機構が、地域ごとに拠点を置いている。主人公の青年チャーリー・ワージングは身寄りがなく、養育院で育ったが、ベテラン冬季取締官のジャック・ローガンに見出され、冬季取締官見習いとしてキャリアをスタートさせる。

 チャーリーが最初に任された仕事。それはローガンと同行して、ティフェン夫人をハイパーテック社が本拠を置く〈セクター12〉へ移送することだ。夫人はナイトウォーカーだが、まだ凶暴性を発現させてはいない。夫が5年ものあいだ、彼女を秘匿し—-それ自体は違法行為である—-、適切に世話をしてきたおかげだ。しかし、その夫が亡くなって、彼女の存在が明るみに出た。いまのティフェン夫人は感情を持たず、通常の意味での意識も認められないが、生前の習慣の反復としてブズーキという楽器を弾く。一曲だけだが。

 冬の旅。チャーリーは次のように書きつける。

 このときはまだ知らなかったが、ぼくは夢を失った女性を連れて、夢に見るほどの女性と出会う旅に出たのだった。

 そう、「夢」が、「夢」こそが重要なカギなのだ。物語が進むにつれて、それが徐々に明らかになっていく。

 ちなみにモルフェノックスを服用すると夢は見ない。チャーリーは見習いとは言え冬季取締官の特権でモルフェノックスを手に入れられるので、夢を見ることがない。いっぽう、これから彼が向かおうとしている〈セクター12〉では、奇妙な伝染性の夢が発生しているという。正常なひとたちが、青いビュイックの夢を見たあと、正気を失い、殺人を犯そうとしたり、切断されたたくさんの手とオークの木がどうとか、生き埋めにされると叫んだりする。

「青いビュイック」と妙に具体的なのがひっかかる。じつは、そこにかなり大胆なガジェット—-スティーヴン・キングあるいはクリストファー・プリーストを彷彿とさせる—-が関わっているのだが、それが明らかになるのは物語後半である。

 ただし、読みどころはあくまで、主人公チャーリーが、一癖も二癖もある他の登場人物たちと関わり、さまざまな葛藤を経ていく過程にある。なにしろ著者ジャスパー・フォードは、現実とフィクションを往還する文学探偵《サーズデイ・ネクスト》シリーズを書いているひとなので、この作品にも大胆なアイデアと独特のユーモアがちりばめられている。そして、切ない恋情も—-先の引用にあった「夢に見るほどの女性」—-も、作品全体に深い味わいをもたらしている。

(牧眞司)

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